敏腕秘書による幼なじみ社長への寵愛
「ごめんね、お待たせして。体冷えてない?」

濡れてまとわりつく感触が嫌なのだろう。ボタンをはずしたワイシャツから、くっきりとした胸筋の線がうかがえた。

「優介も早くシャワーを浴び」
「珠子さん」

テレビを消し、私の声を遮った優介が目の前に歩み寄る。

「髪の毛、ちゃんと乾かさないと風邪を引きますよ」
「え? 乾かしたけど」

きょとんと見上げると、優介は顔色ひとつ変えずにため息を吐いた。

「……急いで出てきました?」

辟易としたような声で聞き、私のバスローブの襟をつかむ。
そして冷たい視線で見下ろすと、はだけていた胸もとを直した。

「あっ!」

ブラが見えてた⁉

たしかに急いで出てきたから、ぞんざいな着方だったかもしれない。
急激に頬が熱くなる。鏡を見なくたって真っ赤だとわかるほど。

赤面する私を黙って眺めていた優介が、ようやく口を開く。

「たちの悪い色気だなぁ」

砕けた悠長な口調に、私は唖然とする。
笑いを帯びた声色とは裏腹に、優介の目は全然笑ってなどいない。

むしろ不愉快そうで、見つめられると背中がゾッとした。

「でも、珠子さんにはそんなの必要ありません」

優介は雨に濡れた長めの前髪をセンターパートでラフに分け、クイッと小首を傾げる。
その仕草に色香が溢れていて、知らない男の人みたいだ。

「俺に、変な気を起こされたら困るでしょ?」

目を真ん丸に見開いたままの私の頬に手を添えた優介は、首に角度をつけると睫毛を伏せ、こちらに顔を接近させる。

「ゆ、優……?」

一体なにが起きてるの?

突然の豹変っぷりとこの状況に、情けないくらい頭が働かない。
瞬きも忘れて放心する私と、唇が触れ合う直前。

「抵抗しましょう、珠子さん」

鼻先がぶつかりそうな距離でピタリと止まり、優介は起伏なく言った。

「男を甘く見ちゃダメです。五秒あればめちゃくちゃにされます」

ビクッと肩を揺らした私は、目蓋が縫いつけられて二度と開かないのではと思えるほどギュッと強く瞑る。
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