敏腕秘書による幼なじみ社長への寵愛
「おはようございます、茅原社長」

車で十分ほど走り、オフィスが入るビルに到着すると、受付スタッフの女性たちが私に一礼する。

「おはよう」

通り過ぎ、社長室に向かう私と優介の背後で、彼女たちが小さく歓声を上げた。

「沖田さん、今日も素敵ね!」

小さく振り向くと、ふたりは頬を赤らめている。見慣れた光景だった。優介は多くの女子社員から人気がある。

「おはようございます、珠子社長」

社長室に入ると、掃除を終えた秘書室長の平岡さんが私たちを出迎えた。

「おはようございます、平岡さん。今日も綺麗にしてくださり、ありがとうございます」
「とんでもないですよ、珠子社長」

目尻にシワを寄せて笑う朗らかで優しい彼は、ミスユーの中でも古い社員で、小さい頃から知っている親戚のおじちゃんみたいな存在。
父と区別するため、私を名前で呼んでいる。

仕事が始まるとまず、優介がタブレットでスケジュールを開き、今日一日の動きを確認した。

「珠子さん、午後お会いになる桜木(さくらぎ)不動産の桜木社長はワインがお好きだそうなので、購入しておきました」
「そうなのね、助かるわ」
「それから昨日会食されたスイートアップルの林社長は最近お孫さんが生まれたそうなので、今日中にお祝いの品をお送りしますね」

優介にはいつも驚かされる。先回りして対応する手腕には感心するけれど。

「林社長、そんな話してたっけ?」

昨夜の会食での会話を思い返しながら私が首を傾げると、優介は訳知り顔でニヤリと口角をつり上げた。

「ああ……」

なにか企んでいるようなその表情で合点がいく。

林社長の秘書は巻き髪の艶やかな、若くて綺麗な女性だった。
私が林社長と会食中、途中ふたりでどこかに消えたっけ。トイレに行った際、廊下で密着して親しげに話しているのを見かけてしまった。

優介は社内だけではなく、よく取引先の女性をも虜にし、距離を縮めている。
平たく言うと、女遊びが激しいのだ。

私なんて生まれてこの方二十九年間、男性とお付き合いした経験もないというのに。
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