敏腕秘書による幼なじみ社長への寵愛
気まずい思いでちらりと隣に目線をやるも、優介はそんな評価はどこ吹く風で、いつも通り泰然としている。

「うちの奥口にも見習ってほしいよ」
「ふふ、変わっていないですね、おふたりは」

桜木社長に目配せされた奥口さんは、口もとに手をやって朗らかに微笑んだ。

「沖田くんはいつも茅原さんのそばにいて、誰もふたりの間に割って入れなくて。沖田くんはほかの女子からも大人気だったのに、なんだかかわいそうでした」

天真爛漫とは、彼女のような女性を指すのかもしれない。悪気はなく、ただ思ったことを口にしただけだった。

けれども私は、胸をえぐられたような痛みを覚える。

“沖田くんは” “かわいそうでした”

彼女の言葉が頭の中で反芻するたび、心が黒い影に覆われたように暗い気持ちになった。

桜木社長とは中学校の思い出話を含め、ブルームの新店舗の件など三十分ほど会談した。

「オープン記念パーティーにぜひいらしてくださいね。それから、今度お食事でもしながらゆっくり話しましょう」

別れ際、桜木社長の言葉に私は笑顔で応じた。

奥口さんも、憧れの沖田くんに再会できてよっぽどうれしかったのか、ほくほくとした満たされた笑顔で私たちを見送った。

桜木社長と別れた私は、ミスユーの新店舗を視察する。

その前に、優介がわざわざ車に戻り、ストールを取ってきてくれた。

「どうぞ、珠子さん」
「……いつもありがとう、優介」

ストールを受け取って、肩に羽織りながら私は目線を落とす。

「どういたしまして。風邪引かないでくださいね」

さらりと返すと、背中までちゃんと温かさが行き届くよう優介がストールを直してくれる。
最後にぽんと肩に手を置き、うつむく私の顔を覗き込んだ。

「珠子さん、よく覚えてましたね。特段仲良くもなかった同級生なんて」

特段ね……。まあたしかにそうだけど。失礼だ。

「優介は奥口さんのこと思い出した?」
「全然。俺は珠子さん以外の女子は、誰ひとりとして覚えていませんから」

優介は目尻を下げ、ふわりとやわらかく微笑んだ。

「え。私以外って、さすがに冗談だよね?」
「本当です。興味もないし必要ないので」

少年のような無邪気な笑顔。いつもの凛々しい顔つきからのギャップに、きゅんと胸がときめく。

私だけが特別だと言われた気がして、舞い上がりそうになるけれど。

「き、記憶力が悪いよー!」

きっといつものようにからかっているだけだから、私はわざとかわいくない言葉を紡いで、浮かれる気持ちに歯止めをかけた。

その後、新店舗を視察し終わる頃には、外は真っ暗になっていた。
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