Filigran.
「…そうだよ、雪乃の敬語も気に入らない」
初めて『ありがとう』と砕けた話し方をしたことで、
彼は何だか不貞腐れてそんなことを言いだした。
「同い年なのに壁を感じる」
確かに私は普段、弓弦君に対して敬語で話す。
…というか、アイドルじゃない弓弦君と話してるのって昨日からなんだけどね。
「…ねぇ、聞いてるの」と不満げな声が聞こえて、
でも、でもなぁと考える。
本当は、考える前に答えなんて決まっていたけれど。
ジッとこちらを凝視して返事を促す彼に、
「ごめんなさい、敬語は無くせないです」
そう簡潔に答えた。
少し冷たく響いた私のその声に
酷く傷付いたような表情を見せた彼は、
「どうして、学校の友達には敬語じゃないんでしょ」と探るように聞いてくる。
「…友達とは普通に話しますけど」
「やっぱり、弓弦君と出会ったのは画面越しだったから」
「それはあるんです。線引きとして」
本来は、こんなにも近くにいていい存在じゃない。
もし砕けた口調で話し始めてしまったら、
その距離感が測れなくなってしまうと思うから。
私の言葉に「そっか」と小さくつぶやいた彼は、
次の瞬間には、立ち止まっていた。
「え」と驚いて私も止まれば、
彼は向かい合ってそこにいる。
5月の桜は、もう新緑を際立たせて初夏を連れまわす。
はらはらと散る葉を背に、
今日の服装に似合う不敵さで弓弦君は笑った。
面と向かって私を見つめる彼は、
いつかのライブと同じ、自信に満ち溢れた表情をしている。
「でもごめん、遠慮しない」
「俺は何万人の歓声を捨てて今ここにいるから」
「自分で選んで、欲しい愛を奪いに来たから」
ずっと前、君の書く歌詞のせいで何度も惚れ直した。
だから今、あなたの紡ぐ鮮烈な言葉に強く心惹かれるのは
仕方のないことなんだ。