あなたの傷痕にキスを〜有能なホテル支配人は彼女とベビーを囲い込む〜
「ホテルを一生の仕事にしたいということですね」
「はい」

 里穂はキッパリと答えた。

「『本店』、……エスタークホテルチェーンの旗艦ホテルには併設のホテル学校があるのをご存知ですか」 

「はい」

 慎里を身籠るまで目指していた学校だった。

「入学資格は実働三年以上でも可能です」

 里穂は慎吾を見つめた。

「バンケットホールスタッフの為のフラワーアレンジメント、テーブルセッティング、室内装飾。英会話、プレゼン用の資料作りのためのパソコン習得。ホテルマネジメントに勿論客室清掃」
 
 調べて知っていたが、改めて運営側から説明されると心が躍る。


「さらに上級にはエスタークホテルを支える幹部になるための養成コースがあります。学ぶ期間は社員として給与が出ます。無論、厚遇する代わりに講師陣は徹底的に生徒を鍛えます」

 昇給もしたいが、何より人として認められたい。

「実務経験者は筆記・実技が免除。そのかわり、上長の推薦書が必要でホテル幹部との面談があります。受けますか」

「受けます!」

 里穂の心は決まった。

「わかりました、手続きをしておきましょう」

 支配人がメガネを外し、ネクタイを緩めた。綺麗に整えられた髪を乱すと、里穂の大好きな慎吾が現れる。

「くそ、囲いこみ第一弾は失敗か」

 言葉は悔しそうだが、彼の表情は慈しみに満ちている。
 手を伸ばして彼女の髪をくしゃりと撫ぜる。

「里穂はすごいな。働く気概に満ちてるし、母親としても満点だ」
「そんなことない」

 お金がない辛さが体にしみついているだけで、母親として至らないことが多すぎる。

「『俺の彼女はこんなにかっこいい女なんだぞー』て、叫びたいよ」

 彼の言葉にびっくりしていると、慎吾がにらんできた。
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