雪降る夜はあなたに会いたい 【上】
「身体、やっぱり、辛かったか……?」
彼の身体がゆっくりと離れて、まだ整わない呼吸で私をじっと見下ろしている。その目は酷く不安げだった。
「だ、いじょうぶです」
きっと説得力のない顔をしているのだろう。そう言っても目の前の人の表情は変わらなかった。
それどころか、私の額に手を当て前髪をかき上げた。その仕草がどこか労わるようなもので、目を見開く。
「じゃあ、なんで、そんなに泣いてるんだ」
表情、目の動き、何一つ見逃さないというように、私の顔を露わにして食い入るように見つめられる。
「すみません。自分でも、よくわからない……」
いつも嫌味なほどに余裕な表情をしている人が、そんな風に気づかわしげに見つめて来るから余計に苦しくなる。
それ以上泣いている姿を見られていたくなくて、顔を逸らした。
そんな私を何も言わずに抱きしめた。それはきつく激しいものではなく、私をなだめるようなもので。ぎこちない手が、何度も私の髪を撫でる。そのたどたどしさに、私はまた切なくなる。
どうして、こんなことするの……?
頭では混乱しているのに、肌を重ねる温もりとそっと私を撫でる手のひらに身体の力が抜けていく。心地良いと感じてしまう。おそるおそる自らもその胸に頬を寄せた。
あと少しでいい。この温もりを感じさせてほしい――。
身勝手で強引で、抗いたいのにそうできない。
この夜。私は、とっくにこの人に惹かれていたのだと知る。
まだ少し気怠い身体を、ゆっくりと起こす。
身体の上にかかる毛布を不思議に思い周囲を見渡すと、そこはリビングではなく寝室のようだった。大きなベッドが真ん中に置かれているだけの広い部屋。
いつの間にか寝てしまっていたんだ……。
そんな私をベッドに運んでくれたということか。
隣で寝息を立てている男を、起こさないようにそっと見つめる。初めて見たその寝顔は、切なくなるほどに穏やかなもので、胸の奥がぎゅっと締め付けられた。
毛布から出ていた彼の肩に、紫色をした傷跡のようなものがあるのに気付く。
これ……。
あまりに強くしがみつき過ぎて、付けてしまった私の爪の跡だ。思わず触れようとしてしまって、その手をすぐに引っ込める。
すべてを振り切るようにベッドから出た。
廊下に出て、曖昧な記憶を頼りにリビングに向かう。
改めて見回しても、どこもかしこもまったく生活感のない家だ。何畳あるのかもわからないほどに広いのに、置かれている家具は大きな革張りのソファとガラステーブル、そしてダイニングテーブルだけ。
ソファから目を逸らし、冷たいフローリングに散らばった自分の服を拾い上げ急いで身支度を整える。
あの人が起きる前に、帰りたい――。
行為の後に、夢から醒めたように冷たい目で見られたりしたくなかった。
抱かれている間、あの人は想像していたよりもずっと優しかった。私には何の経験もないけれど、その指も腕も、私をずっと気遣っていたように思う。だからこそ、それだけを胸に残していたかった。
足音を立てないように、長い廊下を進み玄関へとたどり着く。
なんだ。こんなに簡単に開くんだ――。
呆気ないほど簡単に開錠で来たドアに泣きたくなった。