雪降る夜はあなたに会いたい 【上】
ほとんど連行されるように、また彼のマンションへと来ていた。そして、そのままあのソファに座らされ、その隣には彼がいる。ソファが視界に入ればいろいろ思い出して気まずいし、すぐ隣には彼の身体があって緊張して。自然と肩に力が入った。
「――それで、何曜日がバイトの日だ? 週のほとんどを働いてるよな」
肩が触れるから、恥ずかしいほどにドキドキとしてしまう。これでは緊張がばれてしまう。その緊張を追いやるため、この会話に集中することにした。
「月、火、木、土、日でシフトを入れてます」
「前から気になっていた。どうしてそんなに働いてる?」
心底不思議そうに彼が私を見つめている。
「それはもちろんお金が必要だからです。自分の生活に必要なお金と、少しでも家計の助けになりたくて」
母は、朝から晩までパートを掛け持ちして身を粉にして働いている。そんな姿を傍で見ているし、弟の優太は高校1年でまだまだこの先学費もかかる。一円でも多くお金を入れたいのだ。
「学生なのに、家の生活までみてるのか?」
さらに驚いたように彼が声を上げる。
「い、いえ、そんな立派なものではないですよ」
慌てて言葉を繋いだ。
「本当は大学なんて行ける状況じゃないんですが、それでも母が通わせてくれているんです。大学に通いながらなので、そんなに稼げるわけでもなくて。家にお金を入れると言っても大した金額じゃないんですよ」
「でも、大学は奨学金が出ているんだろ?」
そんなことまで覚えているのか。そのことに少し驚いた。
「でも、成績を維持しないと奨学金が打ち切られてしまうので、勉強時間も確保しなくちゃいけなくて。その分働く時間を削っていることにもなって歯がゆいんですけど、せっかく通わせてもらっている大学なのできちんと卒業したいと思ってます」
それが母への一番の親孝行になるということは分かっている。でも、やっぱり早く働きたいと気ばかりが急くのだ。
「……それだけバイトして一体いくら稼げてるんだ? 月30万くらいか?」
「え……?」
向かい合う彼の目を思わず凝視する。その目は大真面目で思わず吹き出してしまった。
「そんな冗談、面白くないです」
「何がおかしい? 冗談って、何がだ」
「だって、あなたも私のバイト先知ってるでしょ? あの店で週5日程度働いたからって30万も稼げるわけがないじゃないですか」
全国チェーンの牛丼店。いくら都心にある店舗だとは言え、そんな金額稼げるわけがない。
「じゃあ、一体……」
「その三分の一くらいですよ」
「……は?」
驚いたように私を見ている。どうやら彼は、冗談でも馬鹿にしている訳でもないようだ。
「そんなはした金のために、あくせく働いているのか……?」
だから、そんな風に言われても嫌な気分にはならなかった。きっと、当たり前のようにお金を持っている人にしてみれば、不思議でならないのかもしれない。
「私にとってははした金ではないんですよ? 働いた分の真っ当なお金です。それに、それが少しとは言え家族の生活の足しになっている。それって結構嬉しいものなんですよ」
そこまで口にして、彼が何も言わずにただ私を見ているのに気付いた。
「――って、すみません! ぺらぺらと、偉そうでしたね」
一人で喋り過ぎたかもしれない。
こんなこと聞かされて、鬱陶しいと思ったかも――。
そう思って俯くと、予想外にも穏やかな声が頭上から降って来た。
「……本当に偉そうだ」
恐る恐る彼の顔を見上げると、いつも鋭い目が少し和らいでいた。そんな風に見られたら、どうしていいのか分からなくなる。つい視線を泳がせてしまっていると、大きなてのひらが不意に私の頬に触れて来た。