雪降る夜はあなたに会いたい 【上】
「どうしてそんなこと……。私たち、知り合ってからそんなに経ってないよ? それなのに、好き、とか、そんなの――」
「君にとっては一ヶ月でも、僕は違う。ここで働く前から、君のことを見てた。それで、僕はここでバイトを始めたんだ」
それって――。
目の前の榊君が、全然知らない人に見える。
「数ヶ月前から、このあたりに通う用があって。毎日のようにこの店の前を通りかかってた。君をいつも見かけて、笑顔で働く姿に心惹かれた」
「まさか!」
咄嗟に言葉が出ていた。そんなことあり得ない。
「どうして? 戸川さんは、自分で思うよりずっと素敵な人だよ」
穏やかだけれど、どこか温度の低い人だった。
なのに今は、目は見開かれ熱を灯している。
「一緒に働いて、一緒に帰るようになって。僕が想像していた通りの素敵な子だった。ここしばらく会えなくて、気付けば君に会いたくてたまらなくなっていた。君のことが好きなんだ」
そんなの、信じられない――。
真っ先に思ったのはそれだった。
「ごめん――」
「そんな風に、すぐに断らないで。恋人はいないって言ったよね?」
一歩、榊君が私に近付く。それと同じだけ後ずさっても、背中に冷たいものが当たる。そこが壁なんだと気付いて身震いした。
「好きな人がいるの。だから榊君のことはそういう風には見られない」
「その人は……」
榊君が、苦しげに顔をしかめて私を見下ろす。
「その人とは、この先の未来を見ることが出来るの? 想いを告げる予定は?」
「それは……」
「君を見ていれば、誰か好きな人がいるのは分かってた。だから、僕の気持ちを君に知っておいてもらいたかった」
私の心はここにはない。
あの人に出会った時から、もうずっとあの人の所にある――。
「ごめん」
「今はまだ僕に気持ちはなくてもいい。少しだけでいい、僕を見て」
「榊、く――」
素早く腕を掴まれる。
さらりと揺れる前髪から、射抜くような眼差しが私に向けられた。
「僕はずっと、一人暗闇にいた。誰といても、僕は僕ではなかった。でも、君といると違ったんだ。死んでると思っていた心が溶かされてくみたいだった」
「榊君、離して……っ!」
どれだけ力を込めてもびくともしない。
いくら細身だとは言っても、榊君は男なのだと思い知る。
「君といると、まっさらな自分に戻れる。だから、僕はどうしても君でなければだめなんだ」
お母さんの話をしてくれた時の静かな目を思い出す。
いつもの穏やかな榊君から出ているとは思えない、哀しみにまみれた声に胸が苦しくなる。でも――。
「君だけを大事にするから。僕とのこと、考えてほしい」
その声が震えているのに気付いても、私はどうすることもできない。
「離して」
身体中から力を集めて榊君の腕を押したけれど、その何倍もの力で捕まえられる。
「榊君、お願い――」
「……雪野?」
そこにいるはずのない人の声が聞こえて、呼吸が止まる。