雪降る夜はあなたに会いたい 【上】
いつもと同じ、市営団地から少し離れた場所で車が停まった。それが別れの合図なのに、お互い何も言わないままで動かない。
いつものように、「送ってくれてありがとうござました」と言って車を降りないと――。
この日は、どうしてもここから出て行けない。ただそこに沈黙だけが漂う。
結局、その沈黙に耐えられなくなって、勢いに任せて口を開いた。
「あの……。今日、何か、あったんですか? 突然、バイト先に来るなんて……」
あの時の状況に戸惑い過ぎて、そんな疑問は吹き飛んでいた。連絡もなしに会いに来るなんて、改めて考えてみればその行動はいつもとは違う。
創介さんがこちらに顔を向けた。
黒くて短い髪に、鋭い目。見慣れているはずの顔が、ほんの少し歪んだ。
「少し、疲れていた。だから……」
最近、疲れた表情を見ることが多かった。でも、いつにも増して疲れた顔をしている。
雪に濡れたせいなのか、いつも少しの乱れもない創介さんの髪が額に落ちているから、余計にそう見えた。
「疲れているなら、早く帰って休んだ方が良かったんじゃ――」
何か、あるのだろうか。
こんなにも創介さんを疲れさせてしまう何かが、創介さんの身に起きているのか――。
心配になって、創介さんの方に身体を向ける。
「それと、これ、やろうと思って」
私の言葉には答えずに、創介さんがジャケットのポケットに手を入れる。
「……なんですか?」
そこから出て来たのは、手のひらに載るくらいの大きさの象のぬいぐるみだった。
「出張、タイだったんだ。誰かに土産なんて買ったことね―から、何選んでいいか分からなくて。迷ってたら、なんとなくこれが目に入って」
「……かわいい」
創介さんが私の手のひらに載せてくれた。そのフォルムの愛らしさに、自然と顔が緩んでしまう。それでいて、肌触りが驚くほどにいい。
「これ、もしかして、タイシルクですか?」
タイはシルクが有名だと聞いたことがある。
「そうみたいだ」
「ありがとうございます……」
シルク特有の光沢のある生地で、でもパステルカラーのパープルとピンクの組み合わせがすごく可愛い。
その象さんは、優しげで、それでいてどこかとぼけた顔をしていた。
創介さん、どんな顔してこういうの買うんだろう――。
「創介さんがこういうのを選ぶのって、なんだか意外です」
「この象の顔が面白くて。これを見たら、雪野も笑ってくれるんじゃないかと思った。予想通り、笑顔になったな」
手のひらにある象さんの顔を見つめる。
可笑しいのに、何かが込み上げて来る。
創介さんが私のこと思い出して、私を笑わそうと買ってくれたのだ。
こうして会いに来てくれた。