雪降る夜はあなたに会いたい 【上】

 私の思いが伝わるように、ただ榊君の目を真っ直ぐに見つめた。

「二人の関係性を私が分かっているわけではないけど、榊君がどれだけ苦しんでどれだけ辛い思いをしてきたのかは分かったよ。榊君にとって、お母さんが苦しめられたことが何より許せないよね」

バイト帰りの電車の中で私に話してくれた時の、榊君の苦悩に満ちた表情が蘇る。
だから、聞いているのが辛かった。
創介さんが、どれだけ榊君と母親に酷いことをしたのか。榊君が、その穏やかな表情の裏にどれだけの痛みを抱えているのか。

そして、どうして創介さんは、そんなに二人を苦しめなければならなかったのか――。

「でもね、どれだけ創介さんが酷いことをして、重い罪があったんだとしても、そんな創介さんをそのまま受け止めたいって思う。榊君が苦しんで来たんだって頭では分かるのに、心は創介さんの隠し持つ痛みを知りたいって思っちゃうの。だから、榊君の傍にいるべき人間は私じゃない」

創介さんの抱える闇を知りたいと思うのだ。
榊君の言う通り、私は馬鹿なのかもしれない。でも、どうしても、私の知っている創介さんを全部否定することなんて出来ない。

「――君が、そんなにまであの男を想ったところで、その気持ちが報われるわけじゃない。そのことを本当に分かってる?」

侮蔑と怒り。その二つが混じり合ったような視線が私を貫く。

「あの男は君を選ばない。選べないんだ。僕から見れば嬉しくて仕方ないよ。これまで散々人を傷付けて来たんだから当然の報いだ。何でも手に入るのに、一番欲しいと思うものは手に入れられない。そんな皮肉な結末に、最高に嬉しくて笑える」

哀しいほどに乾いた笑いを上げた。

「あの男は、最初から結婚する相手が決まってる。家に決められた相手だ」
「それも、分かってる」

表情を変えずにそう言った私を見て、榊君が一瞬言葉を失う。

「君は……健気に耐え続けていれば、あの男もあの男のバックグラウンドも手に入る、そう思って尽くして来たんじゃないのか? 残念だけど、結局君も他の女たちと同じように捨てられるんだよ。君の努力は全部無駄になるんだ。それを知れば憎くなるだろ? 耐え忍んで尽して来た分、憎しみに変わるはずだ!」

そう捲し立てた後、テーブルの上の私の手を突然握り締めた。

「僕なら君を大切にしてあげられる。君の傷を癒したい。だから、僕のところにきて。僕を選んで」

その手をそっと離し、頭を横に振る。

「どうしてだ」

呻くように声を漏らすと、その目を苦しそうに歪めた。

「あの男のせいで僕の母は心を病んで。もう何年も前から薬なしでは生活できない。僕は、あの男を苦しめないではいられない。僕と君は手を結ぶべきだ。君はあの男にあてつければいい。僕はあの男の大切なものを奪う。僕たち二人が一緒にいるのを見て嫌と言うほど苦しめばいい。僕らお互いの利害が一致するだろう?」

榊君の目は、もう何も見ていないみたいだった。

もしかしたら――。
榊君は創介さんのことが許せなくて、何年も恨みを募らせ、すべてを調べ上げて私の前に現れた。私を好きだと言ったのも、全部こうするための嘘なのかもしれない。

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