雪降る夜はあなたに会いたい 【上】
「何度も自分の立場を考えました。俺の背負っている物、生きている世界。自分とはあまりに違い過ぎる彼女を苦労させるくらいなら、いつかは彼女との関係を終わらせなければならないとも思ったこともある」
だから、雪野に何も言ってやれなかった。
「生まれた時からあった榊という家にいて、嫌というほど分かり切っていたはずなのに。結局、望まれる通りには生きられなかった」
もう一度真っ直ぐに凛子さんに向き合う。
「彼女が俺を選んでくれるのかどうか自信はないが、それでも俺は彼女と共に生きていきたいと思ってる。今度こそはっきりと伝えるつもりです」
「その方……本当に羨ましいです」
ふっと微笑んだ凛子さんの瞳から、透明な雫が控えめに滑り落ちた。
「申し訳ありません。あなたとは結婚できない」
頭を下げたところで彼女の気持ちが楽になるわけではないだろう。でも、そうしないではいられなかった。
「でも、お父様たちには何と?」
凛子さんの静かな声が耳に届く。
「俺の方からお詫びに行かせてもらう。ただ――」
こんなことを凛子さんに言える立場にないのは分かっている。
「この縁談が破談になるせいで、あなたに傷を付けたくはない。できればやはり、あなたの方から断ってほしい」
「……私に、そんな力はありません」
彼女にとってなんのメリットもないこんな申し出を、受けてくれるはずもない。
「でも――」
凛子さんが俺を真っ直ぐに見た。
「創介さんのお気持ちは、よくわかりました。確かに、あなたの言う通り。このまま結婚しても、私は決して幸せにはならないですよね。創介さんの心の中にその方がいる限り、あなたの傍で生きて行くのは苦しいでしょう」
凛子さんの声が一際はっきりとしたものになる。
「――では、条件があります」
ゆっくりと、その口を開いた。
「まず一つ。私と、デートしてくださいませんか?」
「……え? デート?」
その意図するものが分からなくて戸惑う。
「私、一度も男性とそういうことをしたことがないんです。ずっと、創介さんと結婚することだけを考えて来ましたから。私もそういう経験をしてみたいんです。最後にそれくらい、いいですよね?」
これまで見せていた凛子さんと雰囲気が変わった気がした。
でも、その手の甲が白くなっているのに気付く。彼女は彼女で、必死なのだ。
せめて彼女の気の済むように――。
「分かった」
「その後のことは、私にも考える時間をください」
これまで長い間、彼女は俺と結婚するものだと思って生きて来た。 すぐに片付く話だとは思っていない。時間をかけて、理解してもらうしかないのだ。