雪降る夜はあなたに会いたい 【上】
「――ずっと、来てみたかったんです」
凛子さんが連れて来たのは、なんでもない、東京郊外にある河川敷だった。
「どうして、こんなところに?」
「こんなところだからいいんです。私の生活している場所とは、全然違うから」
既に振袖から着替えていた凛子さんは、汚れを気にすることもなく長いスカートのまま座り込んだ。
川の向こうには鉄橋がある。河川敷の広場では、親子らしき人たちが遊んでいた。
そう言えば、ここから少し行ったところに雪野の家がある――。
すぐ近くというわけでもないが、送り届ける時にいつもこの川沿いの道を走る。
「学生時代、クラスのお友だちの家にお邪魔した時に、一度この辺に来たのを思い出したの」
凛子さんはただじっと川を見つめながら、そう口にした。
「その子、他の同級生とは少し違っていて。私の知らない世界をたくさん教えてくれて、素敵な子だったな……」
すぐ傍を流れる水に視線を向けながら、ひとり言のように凛子さんが呟く。
「もしかして、その人は凛子さんの通っていた大学の特待生だったりした……?」
確か、凛子さんも雪野と同じ大学を卒業したはずだ。ふと、雪野のことが思い浮かんでそんなことを聞いてしまった。
「よくわかりましたね。そうなんです。私の住んでいる世界とは違う、いろんな普通のことを教えてくれました。でも、どうして?」
「いや。俺にも似たような人が近くにいて。だから、凛子さんの言いたいことよくわかりますよ」
「そうなんですか……」
きっとその凛子さんの友人も、一生懸命生きている人なのだろう。
「私の友人は努力家で、今は弁護士を目指して頑張っています。困った人の役に立ちたいんだって……。私みたいに何もない人間から見れば、とっても眩しいです」
その横顔がどことなく寂しげに見えた。
何もない――。
俺と同じことを思って生きているのだろうか。
「まだ、遅くはないんじゃないですか? 何を始めるにも遅いことはない」
凛子さんの本当の人生は、まだ始まっていない。そんな気がした。