再会から始まる両片思い〜救命士の彼は彼女の心をつかまえたい〜
すぐに頸動脈に触れるとわずかではあるが脈が打ち始めていることが確認できた。

「心拍再開してます」

マッサージしてくれていた彼に声をかけると、その彼も手首の脈を取り確認していた。

「わかりますか? もう大丈夫です。まもなく救急車も来ますからね」

すると男性は目が開かないが、小さく頷くのが確認できた。
私は絶えず男性に声をかけ続け、救急隊の到着を待つが、男性の顔をよく見ると倒れた時に額を切ってしまったようで5センチくらいの傷が見え、出血していた。
後から追いかけてきた駅員さんの救急セットを受け取るとガーゼで止血を始めた。
心臓マッサージを手伝ってくれた彼は周りの野次馬と化した人たちに声をかけている。

「見せ物ではありません。彼にもプライバシーがあるんです。みなさんよく考えてください」

すると気まずそうにその場を立ち去り始め、ようやく人垣がなくなった。
毅然とした態度で周りにそう告げられる彼の言葉が胸の奥が熱くなった。
そのあと程なくして救急車が到着した。

「突然の転倒ですぐに意識消失、心肺停止状態でした。10時28分から心臓マッサージを開始、35分にAEDをかけ心拍が再開しています。意識レベルは2桁です。転倒時に額を切ったようで圧迫止血しました。よろしくお願いします」

手早く救急隊員に申し送ると唖然としていたがすぐにモニターをつけ確認し、ストレッチャーで搬送されて行った。
名前を聞かれたが特に言う必要もない。
看護師として当たり前のことをしたまでだ。
一緒に心臓マッサージしてくれた彼も名前を名乗らない。
それよりも早く搬送して欲しかった。原因がわからない心停止なのでまた何かあると困ると焦ってしまう。

「お願いします!」

念を押すように救急隊へ搬送を促すとようやくストレッチャーはその場を離れた。

残された私は一緒に心臓マッサージしてくれた彼に深々と頭を下げ、お礼を伝えた。

「あの……本当に助かりました。ありがとうございました」

「いや、君こそ頑張ったな。遠くにいたから気がつかなが遅くなって悪かった」

「いえ。誰も声さえかけてくれなかったので本当に助かりました」

深々と頭を下げると彼は笑っていた。

「心拍再開してよかったな」

私も大きく頷くとようやくホッとして笑顔になれた。

「本当ですね。良かったです」

血液で汚れた手をきれいにするため私は駅員に促され駅員室へ行ったが、彼はそのまま去っていってしまった。
ガッチリとした後ろ姿を見送りながら、本当に頼り甲斐のある背中だったと思ったが、この日の出来事はいつしかそのまま忘れ去ってしまった。
< 2 / 65 >

この作品をシェア

pagetop