もう、オレのものだから〜質実剛健な警察官は、彼女を手放さない〜

「…それは楽しいな」

「志貴くんには梅、当たってほしいな」


柔らかく表情を解して楽しそうにおにぎりを選ぶ彼を見ながら、私は悪戯な表情を浮かべた。


付き合ってから知ったこと。

志貴くんは梅干しが苦手らしい。

でも、私はたまたま一度目撃した普段はポーカーフェイスな彼のすっぱさに顰められる顔が密かに可愛くて大好きで、だからそれを知ってからというもの、たまにこんなイタズラしを仕掛けてみたりする。


「葉菜、いつからそんなに意地悪になった?」

「ふふ、志貴くんに影響されちゃったかなぁ?」


とぼけてそう言えば、「しょうがないな」って優しい表情をして、全く痛みを伴わない軽さでほっぺたをつねられた。


志貴くんと紡ぐこんな何でもない毎日が、とても楽しくてとても幸せで。

だから心配はかけたくないし、何よりも今、この穏やかで優しく流れる時間に水を差したくはなかった。
 


── 今の着信。

登録していない番号なのは本当だ。でも、掛けてきた相手は分かっている。

数日前から掛かってくるようになったこの着信。
実は三度目にこの番号から掛かってきた時、留守電が残されていた。


『── 葉菜。オレ、光司。もう一度会いたい。連絡ください』


元彼だった。フラれた時にトークアプリもブロックしてから消去したから、番号だけでは誰か分からなかった。

今更会いたいなんてどういうつもりだろう。

もちろん私にはもう会うつもりはないから、連絡を返すことはしなかった。

それで、こちらの意思は伝わるだろうと思っていたけれど。

この着信でもう何度目だろう。

こうして頻繁に連絡がくるのでは困ってしまう。

着信拒否にすることも考えたけれど、何となくそれはやめた方がいい気がして結局そのまま。

元彼という存在が初めてで、こういうことも初めてで。

だからこんな時、どう対応するのが正解かわからない。

だけどこれは、きちんとこちらの意思を示す必要があるかもしれない。



そう思い、私は帰宅してから会う意思のないことと、もう連絡はしてこないで欲しいという旨を丁重に記してショートメールに託すことにした。


それ以来彼からの着信はぴたりと止み、私はすっかり安心していたのだけど── 。





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