もう、オレのものだから〜質実剛健な警察官は、彼女を手放さない〜
葉菜に会えるのがあと十二時間以上も先かと思えば、気が遠くなる。
第二当番をこんなにも果てしなく長いと感じたのは、初めてだった。
再びパソコンに対峙してタイピングする手は止めぬまま、オレの思考は海を泳ぐ。
……早く会いたい。
会って抱きしめて、彼女の柔らかくて優しい声が紡ぐ、「おかえり」と「お疲れさま」が聞きたい。
それから……。
「……ふはっ、犬飼、ほんとポーカーフェイスどこ置いてきたの。それ、絶対葉菜先生のこと考えてるカオでしょ」
……いとも容易く言い当てられてしまうオレは一体どんなカオをしていたのか。
その指摘に手が止まり、思考もあっさりと海から引き上げられてしまえば目の前にはニヤニヤ顔の鶴崎さんがいて、一気に現実に引き戻される。
「犬飼の表情筋、随分いい仕事するようになったね?おにーさんは嬉しいよ」
「……誰がおにーさんですか」
「いやー、葉菜先生は偉大だなぁ。この犬飼に、こーんなカオさせちゃうんだもんなぁ」
微妙に噛み合わない会話。
だがこれはもう、オレを揶揄うことに重きを置いているこの人と話す時のデフォルトとも言えるので今更気にしない。
「……でも、なーんかいいな、そういうの」
「……そういうの?」
「んー、オレこんなんじゃなかったはずなのに的なさ、今までの自分が一から全部塗り替えられるような、オセロの黒から白に一気にひっくり返されるような、そんな人との出会いってヤツ?」
ここぞとばかりにもっと突かれると思っていたオレは、拍子抜けした。
鶴崎さんの口から、まさかそんなセリフが出るとは思わなかったからだ。
「── よかったな、犬飼」
その優しげな表情と口調はとても穏やかに凪いでいて、さっきまでオレを揶揄っていた人とは別人のようだった。
「でも、癒しの葉菜先生を独り占めする罪は重いからね?まぁその代償だと思って、報告書頑張るんだな」
……しかし、やはりそれだけでは終わらない先輩はニヤリと不敵に微笑んで、「さーて、そろそろハコ長と立番代わってきてあーげよっと」と軽やかに口ずさみ、軽快な足取りでハコの中にオレを残して飛び立っていった。