敏腕外交官は傷心令嬢への昂る愛をもう止められない~最上愛に包まれ身ごもりました~
「わからない。後で聞いてみるけど今は従った方がよさそうだ」
「もう少し話していたかったのに……」
拗ねたように睫毛を伏せる彼女に、トクンと胸が鳴る。
手を伸ばして髪を撫でてやりたい。そんな衝動も湧いたが、彼女と会うのはおそらくこれきりになる。
彼女の父親に見られていたら何を言われるかわからないし、明るく別れるのがきっと正解だ。
「美来」
そっと名前を呼び、顔を上げた彼女に微笑みかける。
「Qué tengas mucha suerte.」
「ケ、テンガス……なに?」
「あなたにたくさんの幸運がありますように、という意味のスペイン語だ。翻訳家になる夢、応援してる」
「ありがとう。私もずっと叶多くんの夢を応援してる。ねえ、もう一度さっきの言葉を教えて?」
話している途中で、彼女の父親が「美来!」とせかすように呼ぶ。後ろ髪を引かれるような目をした彼女に、もう一度だけ、ゆっくり告げた。
「Qué tengas mucha suerte.」
「……ありがとう、覚えたわ。きっといつかまた」
「ああ、またな」
ミントグリーンのドレスの裾をひるがえし、美来が駆け足で離れていく。
口では「また」と言ったが、もう会うことはできないだろう。そう思うと胸に小さな痛みを覚え、彼女の走り去った方向を、いつまでもいつまでも眺めていた。