悪役令嬢に転生した元絵師は、異世界でもマイペースを崩さない
放課後、ヒロムの宣言通り、騎士学科にチヒロがキヨノを迎えに来た。

「待たせたな」

「そんなことはないよ」

いつもならチャイムと共に速攻消え去る魔性の男装令嬢が、イケメンメガネの公爵令息の迎えを待っていた。

その事実は、婚約者のいない男装令嬢を密かに狙っていた騎士候補達に、大きな衝撃と落胆を与えた。

闇落ちも間近であろうと、リオンは密かに警戒を強くする。

そんなリオンの心配を他所に、注目の二人は手を繋いでマイベースに歩いていく。

前世の想い人(千紘)に対して真実の愛を捧げ、ひたすら孤独な学園生活を過ごしてきたキヨノ。

目の前のイケメンメガネの中の人が、転生前からの想い人である千紘と同一人物だと知って、どれだけ歓喜したことだろう。

午後の授業は全く身が入らず、剣術初心者のクラスメイトから頭に一撃を食らう、という失態をおかしてしまうほどにキヨノは動揺していた。

「本当に、本当に、ちいちゃんなんだね」

「ああ、キヨノンもあの頃と同じ香りがする」

二人はホークス家の馬車に乗り、無事に王都のタウンハウスに到着した。

出迎えてくれた執事やメイドに挨拶をしたあと、彼らが用意したキヨノ専用の部屋に案内される。

二人きりになったキヨノとチヒロは、どちらからともなく、体を寄せ合い、確かめるように抱きしめあった。

「ちいちゃん。会いたかった。もう二度と会えないと思うと悲しくて。でも、ソックリなチヒロ様を見るだけで嬉しいのに何だかちいちゃんを裏切っているようで心が傷んだの。チヒロ様がちいちゃんで良かった」

「俺もだよ。もしもキヨノがきよのんじゃなかったら、俺は現世で誰を愛すればいいか分からずに途方に暮れるところだった。」

前世でも酔いしれた優しく啄む唇の感触が、お互いを千紘と清乃だと確信させる。

「ちいちゃんが好き」

「俺もキヨノンが好きだ」

お互いだけが呼び合うことのできる愛称は、二人だけで過ごす甘い一時限定の小さな秘密だった。

たった一人の異世界転生は余りにも酷過ぎる。

そんな中に現れた本当の救い。

前世に戻ることはできないかもしれないが、戻ったら全世界の人に叫びたい。

楽しい異世界転生なんて、夢のまた夢なのだと。

「男装のキヨノは、まるで戦国系乙女ゲームのセカンドシーズンのあのキャラそのものだな」

「そうでしょう?どうせ悪役令嬢を回避するなら、思い入れのあるキャラクターのコスプレにしてしまおうと思いたったの」

チヒロとキヨノが話している戦国系乙女ゲームのあのキャラとは、神絵師である狼犬《ウルハイ》が手掛けた、清乃をモデルにした男装乙女武将のことである。

その女武将の服装も紺色を基調にしていて、偶然にも髪型も髪色も瞳の色も、今のキヨノと同じ色合いだったのだ。

「キャラに寄せるために、わざわざ騎士団のユニフォームもデザイン変更させたんだ。悪役令嬢ならそれぐらいやってもバチは当たらないでしょう?」

クスクスと笑うキヨノは、イケメン武将のイラストにソックリだったが、千紘にはただの可愛らしいかつての恋人にしか見えなかった。

「前世のみならず、現世でも、父とあの勘違い令嬢が迷惑をかけて本当に申し訳ないと思っている。今回は嫌がらせや威力業務妨害どころでは済まない。大勢の命がかかっているんだ。」

震えるチヒロの手は、以前のインドアな絵師だった千紘のスマートな手とは違って、ゴツゴツと男らしい手をしている。

キヨノだって、剣だこのあるたくましい手と腕に変わっていた。

仕方ないこととはいえ、ショックである。

「ちいちゃん、前世と違って、キヨノはオトコオンナという言葉がふさわしい身体付きになってしまった。嫌いにならないかな?」

「魔性の微笑みを持つ魅力的なキヨノが何を言うんだ。こっちは入学式で再会してからずっと、美しいキヨノを誰にも見せたくなくて閉じ込めたくて仕方なかったというのに」

抱き締める腕に一段と力が入り、奪われた唇は濃厚なキスに翻弄される。

「思い出さない振りをして俺を翻弄させた罰だ。今世でもキヨノの初めては俺がもらうよ」

前世でのデジャブだ。

「うん。もちろんちいちゃんの初めても私にくれるんだよね?」

「ああ、いくらでもくれてやる」

二人は夕飯にも手を付けずに互いを確かめあった。

人払いをされたタウンハウスの離れに人影はない。

次元を越えて愛し合う二人。

今だけは悪役令嬢と攻略対象の仮面は脱ぎ捨てて、ただの千紘と清乃に戻って、穏やかで甘いひと時を過ごすのだった。

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