冷酷な軍人は没落令嬢をこよなく愛す
戻って来た香世に火の番を変わり、
正臣は風呂場に行き着ている服を脱ぐ。

風呂に入れば知らぬ間に出来た小さな擦り傷や切り傷がいくつもあり、少し沁みた。

「お湯加減どうですか?」
外から香世がそっと呼びかける。

「ああ、丁度良い。
香世も後で直ぐ入るといい。
身体が冷えてしまっただろう?」

「はい、ありがとうございます。」
正臣の少しの気遣いがとても嬉しい。

香世は思う。
今だったら話せるだろうか…
ここに居たいと、出来ればずっと…

病院の廊下で好きに実家に帰っても良いのだと言われた時、ズキンと心が痛んだ。

私は用無しだと追い出されてしまうのだろうか…。

「香世は…もしかして料理も作れるのか?」
正臣が不意に聞いてくる。

「はい…一通りは出来ます。」

「そうか、一度食べてみたかったな…。」

まるでこの生活が終わってしまうかのような
正臣の口ぶりに、香世は戸惑う。

「…良かったら明日…作りましょうか?」
震えてしまう声をどうにか抑えながら香世は言う。

「そうだな。弁当でも作ってくれるか?
花見に持って行こう。」

「はい…。」

お互い、それぞれの思いを抱いて
あと少し、もう少し一緒に居たいと切に願う。
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