冷酷な軍人は没落令嬢をこよなく愛す

3人でお出かけ

「お帰りなさいませ、旦那様。」

玄関では、正臣が帰って来ていた。

楽しそうな歌声が聞こえてくる。

「今、お着替え中でございます。お声をかけて来ましょうか?」
玄関に出て来た若い女中がそう言う。

「いや、このままでいい。」
そう言って、正臣は軍服を脱ぐ為玄関を上る。

「あの…、お着替えお手伝い致しましょうか?」
若い女中は内心ドキドキしながら聞くが、

「大丈夫だ。」
正臣から素っ気なくあしらわれガッカリして去っていった。

箪笥部屋の隣の和室に入り軍服を脱ぎながら隣の様子に耳を傾ける。

楽しげに歌いながら着付けをしている真子のキャッキャと笑う声、それに応えるように優しい香世の歌声が聞こえる。

「さぁさ、そろそろ急がなくては。」

笑いながらも急かすタマキの声もして来るが、正臣はこの楽しそうな声をずっと聞いていたいと思ってしまう。

先に着替え終わったのか、真子がパタパタと歌いながら廊下に出て来る気配がする。

正臣はつい、
「廊下は走るな。」
と、咎めてしまう。

その途端、家中の空気が一気に凍りついたようにシンと静まり返る。

「ご、ごめんなさい。」

真子が踵を返して箪笥部屋に戻って行ってしまう。

タマキが隣から出て来て、

「お帰りなさいませ、旦那様。
お戻りになられてたとはつゆ知らず、
申し訳ございません。」
と、頭を下げてくる。

「いや、俺が声をかけ無くていいと頼んだんだ。」

「そうでございましたか。
今、香世様が旦那様の背広をご用意してますので少々お待ち下さいませ。」

タマキがいつもは選んでいるが、今日は香世が選んでくれているらしい。
それだけで何故か嬉しくなってしまう有様だ。

「真子は?」

「怒られたと思って逃げ帰って来ましたよ。」

「いや……、別に怒った訳ではない。」
廊下で転ぶといけないと心配しただけなのだが……。

「では、軍部では無いのですからもう少し優しい口調でお願いしますね。」
タマキは正臣にそう咎める。

「俺はそんなに怖いか?」
率直に聞いてみる。

「私はお小さい頃から旦那様の人となりは知っていますので、怖いとは思いませんが…
女、子供からすれば、やはり怖いのでは?」

タマキは正臣が脱いだ軍服を片付けながら、
そう言う。
では、どうすれば良いのか?
眉間に皺を寄せ正臣は考え始める。

「ほら、言った側から怖い顔になってますよ。」
タマキが笑いながら言う。

< 52 / 279 >

この作品をシェア

pagetop