突然、あなたが契約彼氏になりました
(なんで、ゲイの田中さんが、あたしをバーに誘って薬を盛ったりするのよ。意味が分からないんだけど……。どういううことよ?)

 田中には誰か意中の男子がいて、菜々を、その人から引き離したかったのだろうかと推測してみたが、菜々には仲良くしている男性などいない。

(まさか、あたしの死んだ旦那様のことが好きだったとか……?)

 大河にどこが会って田中が恋する様子が脳裏に浮かんだ。夫は趣味でジムやサウナに通っていたので知り合いだったとしても不思議なことはない。 

 いや、もしそうだとしても、今頃、田中に意地悪される筋合いはない。

(駄目だ。田中さんが何を考えているのかサッパリ分からないや……)

 これは参った。謎は深まるばかりである。

 そして、その翌日。また、菜々と小塚は顔を合わせていた。日曜の午前十一時ということもあり、周囲の人達はお昼御飯も兼ねたモーニングセットを注文している。小塚はぼんやりとした顔つきのまま、どこかダルそうにしているので気になった。

「小塚さん、何だか眠そうですね」

「ええ、昨夜、徳光さんと会っていました。僕と田中さんは、あなたの高校の後輩だと告げたんです。それで田中さんがゲイだという事を知っていたのかと問いました」

 すると、徳光さんはようやく腹を割って話し始めたという。

「ゲイの田中が土屋さんを口説こうとしているなんて絶対におかしいと感じたので、あなたを守ろうとして僕に依頼したそうですよ。田中さんは、あなたの目の前でわざとコーヒーをこぼしていたそうですね」

「……あれ、わざとだったんですか」

「徳光さんの目には、そう映っています」

 言いながら、小塚は思慮深い表情を浮かべている。

「もしかしたら、田中さんはバイセクシャルの可能性もあるのではないかと言うと、それに関しては、徳光さんも、その可能性は否定できないと答えました。だから、僕は調べる事にしたのですよ」

 なんと、小塚は、昨夜から今朝にかけて刑事のように張り込みしていたというのである。

「すると、昨夜、田中さんは樹理さんが所有するタワーマンションの部屋で過ごしていました。マンションの前のパン屋さんに行ってクロワッサンとハムサンドを買いながら、お互いの目を見つめて微笑んでいましたよ」

「いやいや、えーっと、待って下さい。現在進行形でラブラブなんですか」

 それなら、なぜ、田中は菜々を口説こうとしたのか……。
 
「なんで、あたしに固執するのかサッパリ分かりませんね」

 小塚は涼やかで美しい目元を細めた。

「土屋さんであらねばならないのっぴきならない理由があるのだと思いますよ。ちなみに、土屋さんのお父様は何をされていたのですか?」

< 13 / 28 >

この作品をシェア

pagetop