突然、あなたが契約彼氏になりました
「実は、夫は父親と二人で定食屋を営んでいました。店にはホームレスのおじさんも食べに来るんですよ」

 いきなり語り出した菜々の顔をしっかりと見つめ返しながら、小塚は丁寧に米粒を咀嚼している。

 何となくだけど、菜々は小塚にを聞いてもらいたかった。それは、大河との貴重な思い出のひとつだ。

「そのホームレスの男性は、震災で家族を亡くして色々と自暴自棄になってたんです。大河、その人と親しくなって、時々、公園で缶ビールを飲んでました。でも、ある時、そのホームレスの家というか小屋に、近所の高校生が火をつけたんです。ホームレスの持ち物が燃えてしまって、大切にしていた奥さんと娘さんの写真が燃え尽きて泣き崩れるホームレスを見て笑いながらユーチューブの為の動画を撮っている高校生がいて……。それを見た大河が、そいつらをぶん殴ったんです。高校生は鼻血を流して座り込みました」

「……それはまずいですね」

「そうなんです。だけど、高校生は放火の事実を認めていますし、大河が謝ったんで高校生の家族も許してくれました。その代わり、被害者のホームレスの男性は公園から姿を消しました」

 そう語る菜々の瞳は曇っていた。そのホームレスはいきなり大切な家族と家と仕事を失くして絶望していたのだ。もう死にたいというのが彼の口癖だった。

 大切な写真を失くした彼が、その後、どこに向かったのかは誰も知らない。もしかしたら、もう死んでるのではないかしら

「納得いきませんね。高校生達は自分が何をしたのか、きっちりと分からせてやるべきだと思いますよ」

 あの時、大河も小塚みたいに憤っていた。大河はやたらと正義感が強くて困っている人を見たら、とことん付き合い心を寄せていく。

 菜々は、再婚なんて考えていない。しかし、大河の両親は菜々に対して言うのだ。

『菜々さん、あんたは若いんだ。息子のことを、いつまでも引きずっていてはいかんよ。あんたは、他の男と結婚して新しい家庭を築くべきなんだ。我々も、あんたが、幸せになる事を願っているよ』

 それに、菜々の母方の叔母の惣領雪乃も背中を押している。

『その気になったら、いつでも言ってね。大河君に似ている男性を探しておくからね』

 菜々は高校三年まで叔母と一緒に暮らしてきた。叔母は、菜々の母の生家の一軒屋でネイルサロンを開いていたが、菜々が大学生になる頃に結婚していて、現在は二歳になる双子のママである。

 子育てに専念しながらも、菜々の世話を焼いてくれている。ほんと、叔母には感謝しかない。

『叔母さん、あたし、お見合いなんていいよ』

 似たような人なんていらない。大河は大河だもの。

 大河は普段は穏やかだ。でも、誰か守る為には命さえも差し出すんじゃないかという激しさを内に秘めていた。

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