突然、あなたが契約彼氏になりました
 おそらく、田中は、自分がゲイだという事を秘密にしたいのだろう。だから、会社では、やたらと女子に愛想を振り撒いていたに違いない。

 今回、小塚に弱味を握られた事で戦意喪失したのは明らかである。

 ドラマ『相棒』で見かけるようにこじんまりとした小料理屋に、菜々と小塚以外の客はいない。菜々は、小鉢の酢の物をついばみながら言う。

「それにしても、なんで、そこまで、あたしに執着したんでしょうね」

「……驚いたな。まだ、あなたは自分の価値に気付いてないのですね」

 やれやれと言いたげな顔をしている。

 あたしなんて……。普通ですよと謙遜しようとしていると、小塚は、スマホをかざして見せてきた。菜々の母親の豪邸の外観なのだが、いつ撮ったんだ、こんなもの。

「築年数は二十年と古いのですが、見てのとおり綺麗ですね。自覚はないようですが、土屋さんはとんでもない額を銀行に預けておられるのではありませんか……。さて、問題です。土屋さんと田中さんが結婚して、土屋さんが死んだら、その財産は誰の者になるでしょうか?」

 パリンッ。

 自分を模る輪郭線が崩れるようなショックを受けながらも愕然となる。

 ということは、つまり……。

「要するに、あれは財産目当ての求愛だったのですか。気付きませんでした」

「そんなんだから、徳光さんがハラハラしするんですよ。昔からゲイだった田中さんが、急に、土屋さんの行きつけの店とかを、女子社員さんに尋ねるようになったんで、どうもおかしいと警戒していたそうなんです」

 女の勘が働いた徳光さんは、密やかに親友の菜々の行動を尾行したところ、菜々が田中におんぶされて持ち帰られそうになったので、慌てて救い出したというのである。

 田中の彼氏は資金繰りに困っている。それを突き止めた徳光さんが小塚に教えてくれた。

『田中の実家も前ほど裕福じゃないわ。それに、田中は昔から浪費家よ。きっと金目当てに菜々を狙ってるのよ。もう、それ以外に考えられないわよ。でも、菜々ってお金持ちだったかしら』

 そんな徳光さんに対して小塚が告げたという。

『彼女の母親、有名なBL漫画家だそうですよ。それと、両親と元夫の保険金やら、旦那さんが祖母から受け継いだアパートの家賃収入を計算してみたところ。ざっとこんな感じになりました』

『あら、やだーー。飢えた狼には都合のいい金の卵じゃないの。菜々が危ないわ。あいつらの狙いはそれなのよ!』

 だからこそ、小塚は、これから起きるかもしれない悲劇を防ごうとしたというのである。

 菜々は、そうだったのかと思いながらも首をかしげていた。

「でも、それなら、徳光さん、最初から、田中さんはゲイだと言ってくれたら良かったのに」

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