彼女の夫 【番外編】あり
彼女はおそらく、俺が『社長』だということを知らないだろう。
最初に会ったのは電車の中だったし、クリニックでの接し方もごく自然だった。

いつかは気づくとしても、しばらくの間は知らずにいてほしいと思った。
『社長』というフィルターを通さずに、俺を見てもらいたくて。


「社長、何かあったんですか?」

コーヒーを持って社長室に入ってきた高澤に、前置きもなく問われた。

「何かって・・何かあったように見えるのか?」

「んー・・。今日はいつもと少し違いますよ。普段は『社長オーラ』全開なのに、ふと遠くを見る視線とか、ちょっとドキッとしますよ」

そう言って、高澤はニヤニヤと笑った。
その顔が『女性でしょ?』と言いたげなのだ。

「好きなんですか?」

「え?」

「違うんですか?」

「・・・・」

『好きなのか』とストレートに聞かれれば戸惑うものの、『違うのか』と聞かれると否定したくなる。
それは、裏を返せば『好きだ』ということなんだろうか。

「・・昨日、初めて会ったばかりだ・・」

「へぇ・・。その女性、ウチの『社長』だということは?」

「・・知らないだろうな」

「なるほど、それで『普通の男』になってるわけですか。でも珍しいですね・・私の知っている限りだと、社長になられてから、社長の方から好意を持った女性は初めてじゃないですか?」

言われてみれば、確かにそうかもしれない。


< 11 / 109 >

この作品をシェア

pagetop