愛してると言わせたい――冷徹御曹司はお見合い妻を10年越しの溺愛で絆す
頭に警笛が鳴る。

納得したように見せかけて、実は年下の女性からの注意に腹を立て、後から仕返しするつもりなのではないかと危ぶんだのだ。

「もう帰らないといけないので、これで失礼します」

慌ててプールサイドに上がり逃げようとするも、背後に彼も水から上がった音がした。

「待ってくれ。この後、食事に行かないか? 触ってしまったお詫びを――」

やけに切羽詰まったような声だったが、気遣っていられる心境ではない。

(胸の話はもうやめて!)

せっかく終わらせた話を持ち返されて、成美は耳まで顔を真っ赤に染めた。

思わず振り向いて、自分らしくない失礼な言葉をぶつけてしまう。

「胸と背中を間違えるメドレー男とは絶対に食事に行きません!」

反応を見る前に踵を返したので、彼が怒っているかはわからない。

恥ずかしさに背を押されるようにしてプールを出ると、ロッカールームに駆け込み息をついた。

(あ、走ってしまった……)

プールサイドを走らないのは、子供の頃にスイミングクラブのコーチや学校の先生から何度も言われたルールである。

真面目な性分なので、こんな時でも規則破りを気にしていた――。


あの時の彼――藤江朝陽が座卓を挟んで成美の正面に座った。

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