ひとりでママになると決めたのに、一途な外交官の極上愛には敵わない

暴れまわる心臓をなだめているうちに、車は皇居外苑の堀に沿って進んでいく。

 うららかな春の陽ざしに照らされた水と緑を見ているうちに、鼓動と顔の赤みが落ち着いてきた。

 半蔵門(はんぞうもん)を過ぎ千鳥ヶ淵(ちどりがふち)を眺めながら、少し前までは桜がきれいだったのだろうなぁと思っていたら、車が停車した。場所を見て思わず「え!」と声が飛び出す。

 門と建物の上にはライオンとユニコーンの紋章がつけられ、掲げられた『ユニオンジャック』の中央にも同じものが描かれている。間違いなく英国大使館だ。

 なにかの間違いでは? と隣を振り仰いだら、にこりと微笑みを返され、軽く曲げた腕を差し出される。

「会場は大使公邸の方だ」
「大使公邸……」

 どうやらとんでもないところに来てしまったみたいだ。

 もしかしたら彼の友人というのは……。

 とある予感が頭をかすめる。だけどそれを確かめるのも怖くて、黙って彼の腕に手のひらを乗せた。

 大使館公邸に入ると、エントランスホールは多くの人でにぎわっていた。その中で、入り口に近いところに立っている西洋人男性がこちらに気づいてやってきた。

『Hi, Kaito! Thank you for coming.(やあカイト! 来てくれてありがとう)』
『William. Great to see you again.(ウィリアム。お久しぶりです)』

 櫂人さんはその人と握手を交わし短い会話をした後、私に向かって口を開いた。

「さやか、彼がパーティの主催者で友人のウィリアム・グレイ駐日英国大使だ」

 やっぱり! 予感的中に心臓が跳ねたけれど、失礼があってはならない。櫂人さんが私のことを大使に説明している間に、そっと呼吸を整える。

「はじめまして。ようこそいらっしゃいました」

 流暢な日本語で挨拶をくれたグレイ大使は、櫂人さんよりやや年上だろうか。がっちりとした体格でおおらかそうな雰囲気である。私は緊張をぐっとしまい込み、おかむらでの接客を思い浮かべて笑顔を作る。

『ミスターグレイ、お会いできて光栄です。ユズハラ・サヤカと申します。こちらこそお招きありがとうございます』

 思ったよりもすらすらと英語が出てきてほっとした。英会話教室の仕事を辞めてからは、生の英語と触れ合う機会はほとんどなかったのだ。

 英語での自己紹介が功を奏したのか、グレイ大使が笑顔になる。

『楽しんでいってください』

 そう言った後、大使は次の客のもとへと行った。
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