ひとりでママになると決めたのに、一途な外交官の極上愛には敵わない
 ほぐれかけた緊張が何倍にも膨らんで戻ってきて、グラスを持つ手が小刻みに震えだす。すると櫂人さんはふっと軽く笑い、私の肩を抱き寄せた。

「無用な心配だな。さやかは賢く思慮深い女性だ。それに、グレイ大使はせっかくのアニバーサリーに仕事を持ち込むほど野暮じゃない」

 さっきまでの硬い声とは打って変わって軽快な口調でそう言った櫂人さんに、北山さんがなにか言いたそうに口を開く。が、彼の方が早かった。

「そもそも俺がいる。なにか問題が生じると思うか、北山」
 
 圧倒的自信に満ち溢れた問いかけに、北山さんがぐっと押し黙る。
 ちょうどそのとき、グレイ大使がパーティ開始の挨拶を始めた。

 挨拶と乾杯が終わってすぐ、櫂人さんはグレイ大使との関係を教えてくれた。彼がカナダのトロントで働いていたときに知り合ったそうだ。
 櫂人さんが帰国した後も交流が続き、偶然にもアメリカ勤務もグレイ氏と同じになったそう。

 櫂人さんより六つ年上のグレイ氏は、出会ったときにはすでに妻子がいて、たびたび家族団らんに招かれていたから、彼らの仲のよさはよく知っているらしい。
 年齢も国境も越えた友人がいるなんて、とても素敵だ。

 そんな話をしているうちに、気づいたら北山さんの姿がなくなっていた。きょろきょろと見まわしてみるけれど桜色の着物は見当たらない。

「さやか、なにか料理を取ってこようか」

 声をかけられてはっとした。大使館お抱えシェフの料理なんてめったに食べられるものじゃない。
 せっかくだから少しずつ色々なものを味見してみたいと、一緒に行くことにした。
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