ひとりでママになると決めたのに、一途な外交官の極上愛には敵わない
 顔の熱が引くのをひたすら待つ私の隣で、櫂人さんはおかもとの弁当のことをあれこれと語ってくれた。
 ここのところ頻繁に通っていたおかげか従業員顔負けの解説ぶりで、思わず感心する。

 なんとか気持ちが落ち着きかけたところで、またしても思わぬセリフが聞こえてきた。

『そうだわ、ウィル。あなた、今度お義母様がいらっしゃるとき、サヤカのお店にお料理を頼んだらどうかしら』

 え? と目をしばたたかせる。

『それはいい考えだ!』とグレイ大使瞳を輝かせた。

 二週間後にお母様がイギリスから来日するそうだ。お母様のリクエストでお弁当を持ってピクニックに行く予定にしているのだが、そのお弁当をおかむらに頼めないかと言われた。

 聞いた瞬間は飛び上がりそうなほどうれしかったが、次の瞬間不安がよぎった。

 もしかしたら大使のお母様は料亭の会席料理をイメージしているかもしれない。決して祖父の腕が劣っているとは思わないけれど、はるばる海を渡ってやって来るお母様をがっかりさせたくはない。

『うちのお弁当は一般的な家庭料理なのですが、大丈夫でしょうか』
『もちろんだよ。むしろ家庭的な日本のお弁当を頼みたいんだ』

 朗らかな笑顔でそう言った大使は、聞き取りやすい英語でその理由を語ってくれた。

 お母様の母親、つまり大使のおばあ様は、日本人とのハーフだったそう。そのためお母様は子どもの頃から日本食に親しんできた。おばあ様が亡くなってからはその機会もなくなってしまったので、今回日本で懐かしい味を口にできることを楽しみにしているらしい。

 それならおかむらの弁当はぴったりだ。思い切って注文を受けることにして、細かい話は店主である祖父に聞いてから改めて連絡をすることにする。

話がひとしきり済むと、グレイ大使夫妻は別の客人へ挨拶に行くために私達のテーブルから去って行った。

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