ひとりでママになると決めたのに、一途な外交官の極上愛には敵わない
「なんてことだ」

 櫂人さんは床に手をついて肩を震わせた。

「ごめんなさい……」
「どうしてきみが謝る! 謝るのは俺の方だろ」

 うつむいたままうめくように言った。その声には苦渋が満ちている。

「あれから三年近く、きみが大変な思いをしているときに、俺はなにも知らないで自分のことばかり」
「それは私が」

 あなたから逃げるように去ったせいだ。嘘をついたことも黙って拓翔を産んだことも、私がひとりで勝手に決めたこと。そう伝えたいのに、彼が拒否するように頭を振る。

「きみが幸せならそれでいい。そんなふうに大人ぶってかっこつけて、引き下がるべきじゃなかったんだ。あれからずっと忘れられずにいたくせに」

 櫂人さんは握った手を床にたたきつけた。どん、と鈍い音がする。

「きみを失った悲しみを紛らわすために急な人事異動に手を挙げて、日本から……いや、現実から逃げ出した」

 言いながら彼は床を殴る。まるで自分自身を痛めつけるかのように、何度も、何度も。

「そのせいできみはひとりで俺の子を産んだ」

 彼はいっそう高く振り上げたこぶしを勢いよく下ろそうとした。瞬間、飛びつくようにしてその手を握った。

「櫂人さんのせいじゃない」

 ぎゅっと強く握りしめる。
 嘘までついて結婚の約束を反故にしたのは私だ。櫂人さんが自分を責める必要なんてない。
 それにひとりではなかった。そばにいて支えてくれる祖父がいた。
 
 そう説明しても、彼は顔を上げない。

 どう言ったらわかってもらえるのだろう。もうこれ以上自分を責めないでほしい。

 私は拓翔を授かって幸せだった。拓翔がいたからここまでがんばって来られた。こんなに大事なものが存在することを初めて知った。

 思いきって彼の頬に手を伸ばすと、そこは温かいもので濡れていた。彼が弾かれたように顔を上げる。

 赤くなった目を見つめながら微笑んだら、涙がぼろっとこぼれ落ちた。それを拭うこともせずに、震える唇を動かす。

「櫂人さん、ありがとう。私に拓翔を授けてくれて。私も、ずっとあなただけを愛しています」

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