ひとりでママになると決めたのに、一途な外交官の極上愛には敵わない
「そういえば、たっくんは、今日はまだ寝てないんだな」

 毎晩八時過ぎには寝ている拓翔が、九時を回っても起きていることに驚いたようだ。

「いえ、それが」

 拓翔は櫂人さんが帰って来るまで寝ない、と言い張っていた。
 それどころか昼寝もしていない。
 ここに来ている間は保育園はおやすみにしているし、祖父の手術の付き添いで外遊びもしていないから体力が余っているようだ。

 いいかげん寝かさないと、明日はご機嫌が斜めどころか直滑降になってしまう。あの手この手で寝室に誘おうと手を焼いていたところだ。

「じゃあたっくん、パパと一緒に寝ようか?」
「そんな、櫂人さんはお疲れでしょうから私が」
「ぱぱとねんねー!」

 絶対譲らないとばかりに、拓翔が櫂人さんの首にしがみつく。

「大丈夫、着替えるついでだから。その間にご飯を準備しておいてもらえるとありがたいな」

 にこにことうれしそうな彼につられて口もとが緩み、「わかりました」と返してふたりを寝室へと見送った。

 彼が戻ってきたらすぐに夕飯を食べられるようにしておこう。

 キッチンへ行き、自宅から持ってきたエプロンを被る。今日のメインディッシュ『ゴボウ入りつくね』をフライパンで焼いて、仕上げに甘辛いたれを絡ませる。拓翔もお気に入りの一品で、おかわりまでしっかり平らげた。

 拓翔にはしばらくここに住むことと一緒に、櫂人さんがパパだと打ち明けた。
 幼いながらになにかを感じていたのだろう。すんなり『ぱぱ』と呼ぶようになり、急速に気持ちが近づいている。
 うれしい反面、拓翔も本当はパパが恋しかったのだと思い知らされてせつなくなった。

 すん、と鼻をすすって目尻を指先で拭ったそのとき、背中から伸びてきた腕が腰に巻きついた。

「きゃっ」
「どうした。なにかあったのか?」

 後ろから顔をのぞき込まれて、慌てて首を振る。

「なんでもありません。ちょっとあくびが出ただけです」

 目が泳ぎそうになるのをぐっとこらえた。

「ずいぶん早かったですね」
「そうだな。ベッドに寝かせて話しながら着替えていたら、終わったころには寝ていたよ。慣れない場所で疲れるんだろうな」

 そうですね、と返すと彼がふっと笑う。

「さやか、きみもだよ。食事なんてデリバリーで好きなものを頼んで、のんびりしていたらよかったのに」
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