さくらの記憶
東京のワンルームマンションに帰ってくると、荷物を置いて、ふうとひと息つく。

(はあー、なんだか不思議。まるで別の世界から帰ってきたみたい…)

さくらは、荷物の中から小さな瓶を取り出すと、目の高さに持ち上げて中を見る。

そこには、あの桜の木の花びらが、たくさん入っていた。

小指に貼った1枚だけでは心許なく、さくらは、拾えるだけ拾って、持って帰ってきたのだった。

(ふふ、これだけあれば大丈夫)

そして心の中で北斗を思い出す。

優しい笑顔、守ってくれるたくましい腕、じっと見つめてくれる深い眼差し。

大丈夫、全部覚えている。

さくらは笑顔になると、スマートフォンを手にして北斗にメッセージを送る。

「えーっと…、とりあえず『無事にマンションに着きました』でいいか」

送信すると、すぐに既読になり、返事が来る。

『良かった!お疲れ様』

(え…、これで終わり?)

まあ、自分もたったひと言しか送ってないから仕方ないか。

そう思っていると、すぐまたメッセージが届いた。

『あの…、僕のことは覚えてますか?』

「僕ー?え、北斗さん、僕って言うタイプだったっけ?」

首をひねりながら、返事を打つ。

『はい、覚えていると思います』

送ってから、これもなんか変な文章だなと気づく。

『そうですか、良かったです』

北斗からの返信に、さくらの顔は能面のようになる。

『それでは、お休みなさい』
『はい、お休みなさい』

そしてやり取りは終わった。

テーブルの上に、カタンとスマートフォンを置いたさくらは、ベッドにうつ伏せに倒れ込んでから、たまらずに叫ぶ。

「なにこの微妙な関係?!なんなのよー!」

バタバタと手足をバタつかせてから、はあーと大きくため息をついた。
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