月へとのばす指

 そうだとわかるからこそ、久樹も弟が羨ましく、かつ憎めなかった。自分には厳しい父母が、功貴に対してはそうでもないことが子供の頃は納得いかなかったが、あの厳しさは久樹に対する期待があればこそ。それだけ自分の資質を認めてくれているということなのだから、期待に応えなくてはいけない。

 大学は「坊ちゃん嬢ちゃん学校」と世間に揶揄される名門校に行ったが、優秀者として卒業時に表彰されるだけの成績を修めた。会社にやっと慣れた三年目で海外出向させられたが、周りに押しつぶされず、納得してもらえるだけの成果を上げた。だから二年で戻ってこられたのだ。

 まだまだ未熟ではあるが、ある程度は会社の役に立てているという自負がある。将来的にこの社を担う一端となる者として、それについては弟より先んじているはずだ。

 だから──というわけでもないが、唯花と親しげに話す功貴に対し、焦りのような感情を覚えた。自分はまだ、あんなふうに気軽に彼女に話しかけられはしないのに。だいたい、弟には結婚間近の婚約者がいるではないか。

「ちょっといいか?」
「何だよさっきから、変な顔して──」

 功貴を受付から引きはがし、反対側の応接用スペースへと連れていく。ただしスペースは使わず、パーテーションの脇に立つ形で話をする。

「おまえ、彼女いるだろ。うちの女子社員とあんな仲良さそうにしゃべってていいのか」
「はあ? いいじゃないか話をするぐらい。別にやましいことはないんだから。それとも何、兄貴の方にはやましいことがあるとか?」
「……どういう意味だよ」

 感情を出さないよう抑えた声で問うと、功貴はおもしろいものを見たようにニヤニヤ笑いを浮かべた。

「聞いてるよ、御曹司が気になってる女子社員がいるって。面白いから受付にどの子かって聞いてたら、本人が来たんだよ。社内の子はめんどくさいから手え出さないんじゃなかったのか?」
「手なんか出してない。ちょっと話をしただけだ」
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