人生3度目の悪役姫は物語からの退場を希望する
仕事を切り上げられた頃には、もう随分と日が高くなっていた。
徹夜明けで疲れているはずの身体は、まるで眠れそうになくて、報告書を上げたアリアは離宮に戻らずロイからもらったブレスレットでまた湖の辺りに足を運んでいた。
(あの魔法陣は、瘴気を発生させ魔獣を操るものだった)
だとしたら、今後どこまでその影響が及ぶのかまでは分からないが、少なくともスタンピードは起きるのだろう。
大幅に変わった物語の展開のせいで、もしかしたらヒナが来ないかもしれない。
アリアは湖に指で触れながらそんな事を考える。
"もし、ヒナが来なかったら?"
この世界は一体どうなるのだろう。
瘴気が満ちて、植物が枯れ、水が汚染され、狂った魔獣が跋扈して、沢山の人の命が失われる、そんな未来が来てしまったらどうしよう。
(原因を根本的に解決できるのは、時渡りの乙女、ヒナの聖なる力だけなのに)
「私の、せいだ」
もうすでに小説の時系列はめちゃくちゃなのだけど、ロイに話したアレコレや自分の行動の結果がこれなら、これから先どうすればいいのかとアリアは頭を悩ませる。
それになにより。
「……ごめんなさい」
アリアは罪悪感から、湖のずっと遠く神殿の方を見つめて小さくつぶやく。
一瞬でも、ヒナが来ない未来を描いてしまった。そうだったら、ロイに手を伸ばしてもいいのかもしれないなんて、そんなことを性懲りも無く思ってしまった自分のことをアリアは酷く後悔する。
「何に対しての謝罪なんだ?」
「……殿下。お戻りでしたか」
気分が落ちていたアリアは、ロイの顔を見てほっとし、無意識に表情が緩む。そんな彼女のすぐそばまで来たロイは、クスッと笑ってわざと乱暴にアリアの髪をぐしゃぐしゃに撫でた。
「ちょっ、殿下!? 何して」
ただでさえボサボサ気味の髪をさらにぐしゃぐしゃにされてアリアは抗議の声を上げる。
「んー元気なさそうだったから。落ち込んでる理由は大量の遺体を見たからってわけでも無さそうだしな」
あの魔法陣、結局なんのものかまだ分かってないんだよなーとロイはぼやく。
そんなロイを見ながら"遺体"という単語に反応し、昨夜の光景がアリアの脳裏に浮かぶ。
「……それもちょっとはあるんですよ。もう少し早く辿り着いてたらって」
生死問わずの指示が出ていたにも関わらず、時間をかけ過ぎたのかもしれないと今更どうにもならない後悔は小骨がつっかえるようにうまく呑み込めない。
「解剖に回したが死後3時間は経ってた。どれだけ急いだところで間に合わなかっただろうな。アリアが上階にいた奴らを生捕りにしていたせいじゃない」
「まだ、子どももいました」
「そうだな。全員刺青入りだったし、忠誠を誓った信念のために命を投げ出したなんて、まとめるのは簡単だな。とは言え、死人に口なし。自ら望んでそうなったかなんて、もう誰にも分かんないんだよ」
失われた命はもう、元には戻らない。
「全部を抱えようとするな、アリア。潰れるぞ」
ロイはポンッとアリアの頭を叩く。
「そういうのは、全部俺の仕事だ」
「……懐、深いですね」
相変わらず、とアリアは言葉にせずに内心で付け足す。15の時戦場でロイに助けられた日の事を思い出す。彼はその時と変わらない信念で今も立ち続けている。
これが王になる者の器なら自分には無理だなとアリアは心からそう思う。
徹夜明けで疲れているはずの身体は、まるで眠れそうになくて、報告書を上げたアリアは離宮に戻らずロイからもらったブレスレットでまた湖の辺りに足を運んでいた。
(あの魔法陣は、瘴気を発生させ魔獣を操るものだった)
だとしたら、今後どこまでその影響が及ぶのかまでは分からないが、少なくともスタンピードは起きるのだろう。
大幅に変わった物語の展開のせいで、もしかしたらヒナが来ないかもしれない。
アリアは湖に指で触れながらそんな事を考える。
"もし、ヒナが来なかったら?"
この世界は一体どうなるのだろう。
瘴気が満ちて、植物が枯れ、水が汚染され、狂った魔獣が跋扈して、沢山の人の命が失われる、そんな未来が来てしまったらどうしよう。
(原因を根本的に解決できるのは、時渡りの乙女、ヒナの聖なる力だけなのに)
「私の、せいだ」
もうすでに小説の時系列はめちゃくちゃなのだけど、ロイに話したアレコレや自分の行動の結果がこれなら、これから先どうすればいいのかとアリアは頭を悩ませる。
それになにより。
「……ごめんなさい」
アリアは罪悪感から、湖のずっと遠く神殿の方を見つめて小さくつぶやく。
一瞬でも、ヒナが来ない未来を描いてしまった。そうだったら、ロイに手を伸ばしてもいいのかもしれないなんて、そんなことを性懲りも無く思ってしまった自分のことをアリアは酷く後悔する。
「何に対しての謝罪なんだ?」
「……殿下。お戻りでしたか」
気分が落ちていたアリアは、ロイの顔を見てほっとし、無意識に表情が緩む。そんな彼女のすぐそばまで来たロイは、クスッと笑ってわざと乱暴にアリアの髪をぐしゃぐしゃに撫でた。
「ちょっ、殿下!? 何して」
ただでさえボサボサ気味の髪をさらにぐしゃぐしゃにされてアリアは抗議の声を上げる。
「んー元気なさそうだったから。落ち込んでる理由は大量の遺体を見たからってわけでも無さそうだしな」
あの魔法陣、結局なんのものかまだ分かってないんだよなーとロイはぼやく。
そんなロイを見ながら"遺体"という単語に反応し、昨夜の光景がアリアの脳裏に浮かぶ。
「……それもちょっとはあるんですよ。もう少し早く辿り着いてたらって」
生死問わずの指示が出ていたにも関わらず、時間をかけ過ぎたのかもしれないと今更どうにもならない後悔は小骨がつっかえるようにうまく呑み込めない。
「解剖に回したが死後3時間は経ってた。どれだけ急いだところで間に合わなかっただろうな。アリアが上階にいた奴らを生捕りにしていたせいじゃない」
「まだ、子どももいました」
「そうだな。全員刺青入りだったし、忠誠を誓った信念のために命を投げ出したなんて、まとめるのは簡単だな。とは言え、死人に口なし。自ら望んでそうなったかなんて、もう誰にも分かんないんだよ」
失われた命はもう、元には戻らない。
「全部を抱えようとするな、アリア。潰れるぞ」
ロイはポンッとアリアの頭を叩く。
「そういうのは、全部俺の仕事だ」
「……懐、深いですね」
相変わらず、とアリアは言葉にせずに内心で付け足す。15の時戦場でロイに助けられた日の事を思い出す。彼はその時と変わらない信念で今も立ち続けている。
これが王になる者の器なら自分には無理だなとアリアは心からそう思う。