人生3度目の悪役姫は物語からの退場を希望する
「ロイ…‥様?」

「会議中でも、就寝中でも、絶対時間取るから、1番に顔見せて」

「どう、したのですか? 急に」

 普段のロイなら絶対言わないような事を辛そうな声で願われて、アリアはロイの腕の中で淡いピンク色の目を瞬かせる。

「約束して欲しい」

 念を押すようなその言葉に、アリアはゆっくり頷いて、躊躇いがちにロイの背中に腕を回す。

「誰も死なせずに帰ってきますから。大丈夫、です」

「そこはあんまり心配してない」

 ロイはアリアの剣の実力を高く買っている。
 指揮権を持たせてもアリアなら上手くやるだろうし、海上戦の経験不足もウィリーがいれば問題なく補えるだろう。

「アリア」

 ロイはアリアの瞳を覗き込む。
 上手くは言えないが、選択を間違ったらようやく歩み寄ってくれるようになったアリアが、するりと手の内から抜け落ちて、そしてもう2度と戻らない気がした。

「約束、します」

 アリアは不安そうな琥珀色の瞳に、静かに誓う。

「でも、帰ってきてすぐはきっとボロボロだから、顔を見たらすぐ離宮に引き上げますからね」

 せめて湯浴みして身支度整えるまで待って欲しいのにと文句を言ったアリアに驚いたようにロイは固まり、くすっと笑う。

「じゃあ、アリアが綺麗に着飾るの待ってるから、その日は一緒に食事をしよう」

「そんな約束して大丈夫なんですか? ロイ様無理して予定空けるでしょ?」

 あと帰還の日は絶対疲れてると思うと渋るアリアに、

「本当にアリアはつれないなぁ」

 俺がアリアの1番になれるのはだいぶ先だなと楽しそうに笑う。
 そんなロイを見ながら、アリアはクスッと笑って、

「だから、帰った次の日の朝、一緒にごはんを食べませんか?」

 週1の約束ですからとアリアはそうロイを誘う。
 ロイはアリアを見ながら、

「そろそろ、週1から回数増やしてもいいと思わないか?」

 と提案する。確かに週1交流を通して、アリアに夜間の出動命令がでなければ、朝はお互い無理なく時間が取りやすいのは分かったが。

「んー保留で。帰ってから、考えます」

「前向きに?」

「前向きに」

 帰って来た時に、ロイの隣が空いていればとアリアは内心で付け足す。
 ロイの好意を無視できないほど彼を好ましく思っている自分の気持ちは確かにある。
 けれどそれも離れている間に、ヒナが来てロイの気持ちが変わってしまうかもしれない。それならそれで仕方ないとアリアは気持ちにブレーキをかける。
 人生3回目ともなれば、盲目的に絶対大丈夫だなんて信じることはできなかった。

「アリア」

 そう自分の事を愛おしそうに呼ぶロイの琥珀色の瞳には、1回目の人生で向けられた事のなかった熱が籠っていて、アリアはロイの手をとって自分の頬に当てる。

(この人が自分だけのモノだったらどれだけ良かっただろう)

「きっと、あなたは自分で運命を掴みに行くんだろうから、私にできる事なんてないんだけど。それでもあなたの幸せだけを祈ってる」

 どう、物語が転んだとしても。
 どれだけロイに熱を向けられても愛しているなんて、1回目の人生で彼に縋るようにつぶやいたそんな虚しい言葉を口にすることはできなくて、アリアはそれだけ伝えたあとはされるがままロイに髪を撫でられていた。
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