人生3度目の悪役姫は物語からの退場を希望する
「物以外でもいいけど」

 滅多にないぞ、皇太子がなんでも聞いてくれるなんてと軽口を叩くロイに、

「じゃあ、お願い事をしてもいいですか?」

 とアリアは尋ねる。

「お願い?」

 聞き返したロイにアリアはすっと神殿の方を指さして、

「あっちの表側。神殿の湖があるでしょう? 私達がちゃんと無事で帰って来れるように毎朝お祈りしに行ってくれますか?」

 中まで入らなくていいので散歩がてらと、アリアはそうロイに頼む。

「アリアは、本当に信心深いな」

 そう言ったロイに優しく微笑むアリアは、信じる者は救われるんですよ? と告げた。

「そしてもし、困っている人を見つけたら手を差し伸べてあげてください」

 私のお願い事は以上ですとアリアはロイにそう頼む。
 あと1月したらあそこにヒナが現れるかもしれない。
 だが、変わってしまった筋書きのせいで時期はおろか本当に来るかも確証が持てないアリアは、偶然に期待する事にした。
 
「……それが、お願い事、か?」

 ロイはアリアがそれを誕生日祝いにと願う意図が分からず少し考える。

「難しく考えないで。もしかしたら、この世界にとって必要な運命っていうものが降ってくるかもしれない、ってそう思っているだけだから」
 
「また、アリアのお告げか?」

 アリアはゆっくり首を振る。

「未来がどうなるか、私にはもう正確には分からなくって」

 淡いピンク色の瞳は瞬いて、優しくロイのことをその目に映す。

「どちらでもいいの、あなたが幸せならそれで」

 だから、お願いねとアリアはそれ以上語らずロイに微笑んだ。
 アリアのその表情を見ながらロイははじめて離宮を訪れた時にアリアが語った未来を思い出す。

『いいえ、殿下。殿下が私を疎ましく思うのですよ。運命の恋とやらに落ちて、真実の愛に目覚めた殿下が』

 あの時はくだらない、とアリアの言葉を一蹴した。だが、なぜか今はその言葉にざらつくような焦燥感にも似た胸騒ぎを覚える。

「アリア、俺が君を疎ましく思う日は来ないから」

「殿下? どうしました」

 ロイは手をアリアに伸ばし、彼女を引き寄せる。

「ちょっ、急に」

 抱きしめられて驚いたアリアは、離れようと抗議の声をあげる。

「誕生日プレゼント、俺ももらっていい?」

 だが、そんなアリアに構わず、ロイは問いかける。

「えー一応聞くだけ聞きますけど、私に渡せる物なんて何も」

「帰って来たら、1番に俺に会いに来て欲しい」

 ロイはアリアをぎゅっと抱きしめて、聞いているアリアが切なくなるほど悲しい声でそう囁いた。
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