人生3度目の悪役姫は物語からの退場を希望する

65.悪役姫は、ヒロインを持てなす。

 離宮の執務室で仕事をしていたアリアは、トントントンッという控えめなノックの後にひょこっと顔を覗かせた黒髪の美少女ヒナを見て表情を緩ませる。

「お風呂先に頂いてしまってすみません。それにこんな可愛いルームウェアまで」

 御伽噺のプリンセスが着る様なワンピースタイプの寝衣が多いこの世界で、上下セットの可愛いルームウェアなんてまず見ない。
 下がフリルショートパンツなら尚更だ。

「良いのよ。私もキリのいいところまで仕事したかったし」

 そう言って笑いながらアリアは書類の山を積み上げる。

「着心地はどう?」

 なんでも可愛いく着こなしてしまうヒナをさすがヒロインと愛でながらアリアは特注したルームウェアの具合を尋ねる。

「すっごく楽です。肌触りもいいし」

 それにお洋服もあんなに沢山ありがとうございますとヒナはアリアにぺこっと頭を下げる。
 過去の記憶にあるヒナは、いつでもロイから贈られた可愛いドレスを纏っていた。だと言うのに今世のヒナはいつ見ても制服を着用していたので、アリアはそれが非常に気になっていた。
 ヒナに話を聞けばドレスはいくつももらったらしいが、どれも動きにくく結局着慣れた制服に袖を通してしまうのだと言うので、彼女好みの洋服をデザイナーに聞き取らせその通りに作らせた。

「これで着替えに困らずに済みそうです。ドレスはどうにも重たくて」

 あとコルセットが想像以上に辛かったというヒナに、

「わかる。私も可能ならずっと騎士服着ていたいもの。キルリアの衣装ならともかく、帝国のはとにかく"淑女"らしく男性に守られること前提のドレスが多くて肩が凝る」

 と帝国の重厚感のあるドレスにややげんなりしながら肩を竦める。
 1回目の人生の時はそれでもなんとか帝国に馴染もうと着ていたけれど、我慢をやめた今世、アリアは趣味でない服は着ないと決めている。それもあってロイからもらったドレスは全部観賞用なのだが、それももうおしまいだなとアリアは書類の山に視線を向ける。
 帝国を去る時には、ガラスの瓶に貯めた飴以外ロイから貰ったものは置いていこうと決めている。そして、その時はもう近い。

「……でもこんな格好じゃ私、目立ちますよね」

 とヒナは自分のルームウェアを見ながら困った様な表情を浮かべる。

「そうね、人とは確かに違うかもしれないわ」

 ヒナの好みは清楚系のようだが、スカート丈も動きやすさ重視で帝国の基準から言えば露出が多い。

「でも、いいんじゃないかしら。とっても似合ってるし。そのうちヒナが基準になるって」

 ヒナはヒナの好きにしていいのよ、とアリアは笑う。悪役姫にも優しくて、この国に居場所を作ってくれたロイなら、きっと愛する彼女のすることならば多少のことは許してくれるだろうとアリアは思う。
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