人生3度目の悪役姫は物語からの退場を希望する
「ご心配頂かなくても、リンクコーデが必要な時はそうしますわ。ですが、本日は不要でしょう?」

 だからあなたから贈られたドレスは着なかったし、今後も自分で用意するとアリアは冷めた目つきと共に言外にそう告げる。
 こういう行事において本来なら夫や婚約者といったパートナーからドレスを贈られた場合、たとえ好みでなかったとしてもそれを着てくるのが暗黙のルールであり慣例だ。
 それをロイとはしないとアリアは言い切った。
 ちなみに1回目の人生でも、今回もロイからはとても美しく上品なグリーン系のパステルカラードレスとそれに合わせた宝飾品を受け取っている。
 そして1回目と同じくらい嬉しかったアリアは今回は袖を通すこともせず、クローゼットに大事にしまった。

(アレ、可愛いんだけど動きにくいのよね。それにアレ着るとこの後の私の予定的に困るし、デザイン的に手袋似合わないし)

 それを着なかった理由は告げず、自前のドレスを着て来たアリアは、

「皇太子妃として、恥ずかしくない衣装できたつもりですが、何か問題でも?」

 と、ツンとそう言い放つ。

「いいえ、姫の魅力を引き出すには俺ではまだまだ力不足のようだ。次は姫が思わず着てみたくなるようなデザインのモノを贈らせてもらうとしよう」

 だが、ロイは気分を害した様子を全く見せず、むしろニヤリと口角を上げて不敵に笑いながらそう返した。
 やや口調を砕けさせて寄越した視線にアリアは固まる。自分をじっと見つめるその琥珀色の瞳はまるで、獲物を狩るハンターみたいだと。

(まだ、本番始まってもないのに、こんなところで負けてたまるもんですかっ!!)

 いつもと違うロイの様子に見惚れそうになったアリアはきゅっと表情を引き締め、楽しみですわと余裕の笑みを浮かべてみせる。
 内心は既にいっぱいいっぱいだし、赤面しそうなのだが。

(この近さがいけないのよ。心臓に悪い)

 誰だ、エスコートは腕を組むなんてこと言い出したヤツはと八つ当たりしながらアリアは、ふっと視線を外に向ける。
 若い騎士が令嬢からリボンを受けとっているのが目に入った。

「そう言えば、姫は俺に贈り物をくれないのか?」

 完全に口調を崩したロイが耳元で囁くようにそう強請る。
 アリアはこの事態を想定していたとばかりに小首を傾げて、

「私の刺繍の腕ではとてもとても殿下にお渡しすることなどできませんわ。練習はしたのですけれど、納得のいくものができなくて。だから、近しい者や従者には贈りましたけど、殿下の分はありませんの」

 とアリアは微笑みそう言った。
 この狩猟大会では淑女は、夫やパートナー、意中の相手などに刺繍を施したハンカチやリボンを渡し、狩猟大会での活躍や無事を祈る習慣がある。
 ちなみに1回目では、ボロボロながらなんとか自力で完成させたハンカチをロイに渡したが、今回はロイの分だけ用意しなかった。
 一番に渡すべき相手を軽んじ、周りにはプレゼントを贈るというあからさまなマナー違反と礼を欠く行為。しかも結婚直後なのにこの対応。外から見てこの夫婦は仲が悪いと言っているようなものだ。
 そんなアリアの攻撃にロイの鉄壁の微笑みが一瞬曇ったのを見落とさなかったアリアは、

(これで嫌な女認定確定ね! そろそろ離縁状を叩きつけたくなったのではないかしら?)

 内心でよっしゃーっとポーズを決める。

「安心なさって、殿下。殿下が欲しいものはちゃんと用意しますわ。刺繍のハンカチなんかよりも、ずっといいものを、ね?」

 ふふっとアリアは悪女っぽく不敵に笑う。

「仕事ですもの。求められた解を用意します。ですから、殿下も私にご褒美をくださいませね?」

 会場に着いたアリアは、ロイにエスコートの礼を述べると、

「行きましょうか、殿下。殿下にとって良きモノが狩れます事をお祈りしています」

 とても初めての公務とは思えないほど落ち着いた様子で、アリアはそう言って会場入りした。
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