人生3度目の悪役姫は物語からの退場を希望する
「……私が来なかったら、どうする気だったんですか?」

「名前が読み取れないと、記載不備でごねて時間稼ぐ気だった」

 ロイは離縁状を取り出し、アリアの署名最後の1字を指で指す。

「泣くほど、離婚するの嫌だって思ってくれてるって信じたかったんだよ。だからアリアが来る方に賭けた」

 それは離縁状に記載する時にアリアが溢した涙で滲んでしまった個所だった。
 普段こんなに分の悪い賭けしないからなと言ったロイはアリアの頬に手を伸ばす。

「国としては聖女を囲いたいが本音だし、ヒナの功績や能力を見て、そうすべきだって意見が多く出ているのも確かだ」

 その話は沢山アリアの耳にも入っている。アリア自身その通りだと思っていたくらいだ。

「でも、誰であってもアリアが皇太子妃であることに文句は言わせないから。俺の妻はアリアだけだよ。これから先、ずっと」

 とロイは真剣な顔でそう言った。

「まぁ、そもそも当人同士が納得してない政略結婚なんて、上手くいかないのが目に見えているんだけどな。俺はアリア以外妻にする気はないし、ヒナは俺の事より何倍もアリアの方が好きだぞ?」

 俺とヒナの会話の9割アリアの話だからと、と普段の様子をアリアに伝える。

「何よ……それ」

 そんな話ヒナからも聞いていないとアリアは額に手をやりため息をつく。

「そもそも、ロイ様は」

「だいたい、アリアは」

「「言葉が足りない」」

 同じ言葉が重なって、近距離でお互いの視線が絡む。
 どちらともなく笑い出し、アリアはおかしいのっと楽しそうにつぶやいた。
 ひとしきり笑った後で、

「さて、お互い言いたいことも言って、誤解も疑問も解けただろうし。反省点も出たところで、そろそろ仲直りしたいんだけど」

 とロイがアリアにそう話しかける。

「今の、は……ケンカなんでしょうか?」

「これだけ言い合えば"ケンカ"だろ。で、"仲直り"はどうする? アリア」

 ああ、さっき言った事を実行しようとしてくれているのかと理解したアリアは、

「お互い、謝る……とか?」

 と意見を出す。

「まぁ、それも悪くないけど」

 ふむ、と頷いたロイは両手を広げて、

「アリア」

 と名前を呼んで優しく笑う。

「えーっと、これはつまり」

「仲直りのハグ」

 触れ合いは大事だと思うぞとロイはニコニコニコニコと物凄くいい笑顔で笑う。
 今まではロイに引き寄せられて抱きしめられていたのだが、ロイはそれ以上動かず笑っているだけ。
 つまりアリアに自主的に来いという事らしい。
 素面でコレは恥ずかしいんだけど、と固まるアリアに、

「おいで、アリア」

 琥珀色の瞳がそう促す。
 その目に逆らえそうになくて、アリアは躊躇いながら近づいて腕をロイに伸ばす。
 ぎゅっと抱きしめられた優しい感触とロイの体温が心地よくて、アリアは大人しくそこに収まりながら、幸せそうに笑う。

「何から謝ればいいか分からないだけど、いっぱい、とにかく、色々ごめんなさい」

 そうつぶやくアリアの髪を撫でながら、

「いいよ。俺も、言葉足らずで、沢山傷つけてごめんな」

 囁かれるその言葉が優しくて、嬉しくて、アリアはこれから先もこんな風に、お互い許し合いながらロイと一緒に生きていきたいと心からそう思った。
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