人生3度目の悪役姫は物語からの退場を希望する
「流石マリーね」

 アリアは指先の感覚を確かめて、礼を言うと、

「今晩は、熱が出るかもしれないわ」

 そう小さくつぶやいた。

「殿下、私は身支度を整えて参りますので、どうぞ形だけの妻などお気になさらず、殿下は殿下の為すべきことをなさってください」

 淡いピンク色の瞳は真っ直ぐにロイを捉え、退出を促した。アリアの確固たる意思を前にそれ以上止める言葉を持たなかったロイは、フレデリカとアリアに礼をして医務室を後にした。

 完全にロイが去ったのを確認してから、

「ねぇ、アリア。あなた、そんな顔をして本気でロイ様と別れる気あるの?」

 先程までの涙などなかったかのように引っ込めたフレデリカがそう尋ねる。
 言われている意味が分からず首を傾げるアリアの頭を子どもでもあやすかのようにポンポンと軽く叩いたフレデリカは、

「うちの化粧師と着付けの上手い侍女を寄越すわ。痛みも苦痛も少しは隠せるでしょう」

 優しくそう言って、夜会で会いましょうとハデスの元に戻って行った。

「上機嫌だな、フレデリカ」

 外でフレデリカを待っていたハデスは、最愛の妻の嬉しそうな顔を見てそう声をかける。
 フレデリカはハデスの燃えるような赤色の髪と同じく赤みがかった瞳を覗き込みながらその腕にしがみつくとふふっと笑う。

「修復できないレベルなのかと思ったけれど、案外そうでもなさそうだなって。ロイ様もなかなか察しが良さそうだし。良いわね若いって、可愛くって」

「フレデリカはいつでも愛らしいが」

「ふふ、それはきっとずっとあなたに恋をしているからね」

 フレデリカはハデスとこうなるまでの道のりを思い出して心から愛おしそうに笑う。
 素の自分でいる事を許してくれ、信頼を築いてくれた大事な夫。フレデリカは彼のためなら自分の持てる全てを使って守りたいと思う。

「今はまだカラカラとハムスターみたいに同じところで一人空回りしているけれど、本当のアリアを知ったらロイ様がどう出るか楽しみね」

「離縁に協力するんじゃなかったのか?」

「あら、人の気持ちなんて本人にだってよくわかってないものだっていったでしょ? あんなに切なげに未練いっぱいで背中を見つめるうちは、きっと諦められないわ。恋ってそういうものだもの」

 フレデリカは医務室で見たアリアの姿を思い出す。

「人の縁なんて、細い糸を手繰り寄せて紡ぎ続けなければ勝手に切れるわ。でも、お互いに紡ぎ続ければ、それは簡単には切れない確かな絆になる。アリアの物語はまだ始まったばかりよ」

 アリアがこれから先、ロイとどう向き合うのかはまだ分からない。だが、どう転んでもそれがアリアの糧になるといいとフレデリカはそう願った。
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