人生3度目の悪役姫は物語からの退場を希望する

18.悪役姫は、悪意に立ち向かう。

 狩猟エリアから外れた深い谷間の滝のそば、目立たない場所に隠すようにその洞窟はあった。

(これ以上近づくと流石にバレるわね)

 怪しげな集団は目視できるだけで7人。深くローブを被っているため顔は見えない。
 アリアは意識を集中させて黄昏時の至宝(サンセットジュエル)を発動させる。アリアの淡いピンク色の瞳に金と深紅の煌めきが混じり、彼女の身体能力は飛躍的に向上する。
 アリアは聴覚に全神経を集中させ、彼らの会話を拾う。

『皇太子が単独で狩猟に臨んでいる今回の大会は好機だ』

『あの穢れた血に帝国を任せてはいけない』

『何故キルリアの姫など迎えたのか。もっと相応しい血を置くべきだ』

『粛清だ』

『事故死を装う仕掛けは完璧だ』

 "事故死"と言う言葉がアリアの耳に届いた瞬間には、もうアリアはハンティングナイフ片手に単身で乗り込んでいた。
 アリアに襲われた男達は自分の身に何が起きているのかすら分からないまま、一瞬のうちに地面に叩きつけられる。
 吹き飛ばされたほとんどの人間はアリアの事を視認することすらなくそのまま意識を消失したが、不幸なことにその衝撃に耐えきった人間がいた。

「………う………うぅ」

 アリアは地面に転がっている男のそばまでくるとフードをめくりその顔を拝むが、生憎とその顔に見覚えがない。まぁどうせロイの暗殺を考える人間なんてこの小説上大体が神殿派の人間か王弟殿下の手先だ。

「ごきげんよう、ハンティングはお楽しみいただけているかしら?」

 鈴の鳴るようなその声が、暗い洞窟内に反響する。

「………な………お前、ガァああああ」

 アリアは骨折しているだろうその肋骨を容赦なく踏みつけぐりぐりと足で力を入れながら妖艶な笑みを浮かべる。

「やーねぇ、話しているのはこっち。誰の許可を得て口を開いているのかしら」

 人を痛めつけることに手慣れた様子で一切躊躇わないアリアを見て、男は戦慄する。
 視線を流しても彼女に向かっていく人間の影は確認できず、この場は既に制圧されたのだと理解する。
 男は己の運命を悟り、覚悟を決めたように奥歯に仕込んである毒を噛み砕こうとするが、それよりも早くアリアは男の口に足を突っ込む。

「殿下の暗殺を企てておきながら、簡単に死ねると思わないでくれる?」

 男は息をする事を忘れそうになる。そう言って自分を見下す彼女が神々しいまでに美しく、恍惚と光る不思議な色をした瞳はまるでハンターのようだった。
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