人生3度目の悪役姫は物語からの退場を希望する
 休憩所は狩猟エリアの中心部に存在する。
 馬を休ませたり、狩猟自体に疲れた者もここを利用する。

(早く、ロイ様に危険を知らせないと)

 アリアは身体能力強化を極限まで上げた状態で、自身の出せる最高速度で人目に触れないよう樹々を飛び移り、森を駆け抜ける。
 通常の魔法とは異なる黄昏時の至宝(サンセットジュエル)は、魔法として感知されないはずだが、風より速く駆け抜けるアリアを視認され狩猟大会の失格者となっては元も子もない。

「……はぁ、はぁ……」

 休憩所のすぐそばで身体強化魔法を解いたアリアは汗を拭い、休憩所に目を向ける。まだ大きな騒ぎは起きていないようだ。

「……きっつ」

 流石に長時間黄昏時の至宝(サンセットジュエル)を使いすぎたようで、解いた途端に反動で足が震える。
 全身の脱力感を無視して休憩所に近づけば遠目にロイの姿が見えた。

「青い……薔薇って、誰よ」

 馬に細工したと言っていた。一体、どの馬に? 
 アリアは目を閉じてどうすればこの状況を打開できるか考える。
 そして、目を閉じたままもう一度黄昏時の至宝(サンセットジュエル)を発動させた。

(連続使用は良くないんだけど、ね)

 アリアは聴覚に全神経を集中させ、拾った音を脳内で高速処理していく。
 ガヤガヤと頭の中でうるさく響く音の波に酔いそうになりながら、小さなつぶやきひとつ、僅かな息づかいや躊躇いや緊張から息を呑み込む音さえ逃さないほどの精度で拾う。

(み……つけ、た)

 その中で僅かに聞き取れた違和感。
 アリアはロイに向かって走り出す。

「殿下、右斜め後ろに回避!!」

 間に合わないと思ったアリアは力の限りめいいっぱい叫ぶ。
 アリアの声に反応したロイとロイの側に控えていた馬が暴れ出したのはほぼ同時だった。
 アリアの声で反射的に動いていたロイは暴れ馬の蹴りを回避し、その騒ぎに乗じてロイを狙った毒矢の攻撃も躱す。
 
「くそっ」

 小さな舌打ちを拾ったアリアは逃げ出そうとする足音と合わせて犯人の居場所を割り出し、足に装備してあったナイフを続け様に目を閉じたまま投げた。

「ぎゃー!! 足がっ」

 それらは的確に犯人に当たったようで、声のした方にロイが捕えろと指示出しをしていた。

(やばっ、吐きそう。もう、無理っ)

 その場に膝をついて崩れたアリアは身体能力強化を解いて肩で息をし、ゆっくり目を開ける。
 淡いピンク色のその瞳には、怪我一つないロイの姿が映った。

「よかっ……た」

「アリアっ」

 ぐったりしているアリアの元にロイが走って駆け寄る。側に来たロイの襟首を勢いよく引っ張ると、

「青い薔薇を探して。あと山間の滝の近くの洞穴も」

 アリアはロイの耳元でそう言って手を離す。

「……あと、任せました」

 そう言ったアリアはそのまま意識を手放した。
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