人生3度目の悪役姫は物語からの退場を希望する
 結婚式が滞りなく終わり、アリアは重たい気持ちを抱えたまま身体を磨き上げられ通された、これから初夜を迎える夫婦の部屋をぐるりと見回す。
 やはり見覚えのある造りと見覚えのある夜伽のための薄い寝衣。
 これからここで何をするのか、その先まで全て分かっていてじわりと涙が浮かんできた。
 1回目の人生の自分は、愚かにもこれで晴れてロイと夫婦になれたのだなんて浮かれていたのだ。心が通っていなければ、そんなものになれるわけもないというのに。
 本当に何も知らず、どうしようもない愚かな小娘だった。
 そして、2回目の人生はそんな自分を第三者として読み進めながら、その滑稽さを嘲笑ったのだ。
 この物語『時渡りの乙女は異世界で愛しの彼と無双するようです』の読者として。
 ええ、そりゃもう何十回も読みましたとも。もちろんロイ皇太子推しでしたよ。なんなら外伝とファンブックとコミカライズまで網羅したガチ勢だった。とアリアは2回目の人生を振り返る。
 そして悪役姫アリアが断罪された時にはザマァと言いましたとも、自分の事だと知りもせず。
 それくらい、清々しいほどにアリアは悪役でしかなかった。
 時渡りの乙女のヒロインであるヒナを害して殺そうとした瞬間など、手に汗握りながら『この女、早くざまあーされろ』と殺意が湧いた程だ。
 そんな大嫌いで救いようのない自分に3回目の生で再び戻ってきた理由が分からない。
 私は一度首を落とされる程度では許されないほどに、罪深い存在なのだろうか、とアリアは思う。
 2回目の人生では、自分がアリアであった事など思い出すこともなくその生を事故で呆気なく終えた。
 なのに再び生を得た3回目はなぜか1回目の悪役姫として生きた自分と2回目の読者の自分、両方の記憶を保持して今、ここにいる。
 そしてまた思う。
 どうして、今日だったのだろう、と。
 もっと、ずっと前に思い出せていたのなら、この結婚が成立しないように足掻くことだってできたのに。
 いっそのこと思い出さなければ、きっとまたロイの事を好きでいられたのに。でもその場合はやはりヒロインをいじめ抜いて断罪されてしまうから、その前で良かったのかしら? とも思う。
 1回目の人生では、何も知らなかった自分はヒナが愛する夫を奪っていった憎い恋敵のように感じていた。バカな話だ。ロイが自分のモノであった瞬間など、一秒足りともありはしなかったのに。
 2回目の人生で、アリアはヒナの事情や葛藤、どんな風にロイと愛を育んでいったのかを知った。控えめにいって激アツ涙ものだった。
 そして、ヒナの事もヒナを溺愛するロイの事も大好きだったし、応援していた。

(これが乙女ゲームの世界で、選択肢や攻略対象にバリエーションがあったのならまだ救いがあったのかもしれない)

 けれど、ここはファンタジー小説の世界で、ヒロインもその相手も一択しか存在しない。

(答えなんて、最初から一つしかないじゃない)

 3回目の人生の初夜シーンを迎えるにあたり、アリアは心を決めた。
< 5 / 183 >

この作品をシェア

pagetop