人生3度目の悪役姫は物語からの退場を希望する

24.悪役姫は、力を欲する。

 久しぶりに満喫した温泉は思っていた以上に素晴らしく、アリアは満足していた。
 熱い温度の湯にアリアほど長く入るのが無理だったマリーは早々に退散してしまったので、アリアは今一人で館内を散策中だ。

「はぁ、また後で絶対行こー。幸せが過ぎる」

 まさかこの世界で温泉に入って浴衣が着れるなんて、と幸せオーラ全開で歩いていたアリアは、ふと視線をやった窓の外で深刻そうな顔をして宿の主人とロイが話しているのを見つける。

(……プライベートって言ってたけど、なんだろう? 困ってそう)

 宿の主人が困った顔で視線をやる先を辿れば療養施設だと紹介された離れが目に止まる。アリアはつい気になりロイ達の元へ足を進めた。

「殿下」

 アリアの近づく気配に視線をあげたロイにアリアはそう声をかける。

「お困りごと、ですか?」

 人が移動できるレベルの転移魔法は貴重だ。国で管理し、王族の許可がなければ使えない。そんな重要な拠点の一つがここに置かれている。
 アリアはロイに言われたように、細かに観察し、そして思考を巡らせる。
 プライベート、といってもロイが仕事を放り出して遊びに耽る人間ではない事はアリアもよく知っている。なら、わざわざロイがここに来た目的があるはずだ。

「……何か私にもできる事があるのではないかと思いまして」

 多分、今までの私ならそんな考えに至らなかったし、気づいてもきっと口を出そうなどと思わなかったなとアリアは苦笑する。
 私には、聖女ヒナのように国の憂いを払うことも、ロイと愛し合い支え合う事も、できないけれど"それでも"とアリアは思う。

(この人が"私自身"と向き合おうとしているなら)

 ロイの前に立ち止まったアリアは、淡いピンク色の瞳でロイを見上げる。
 物語から退場するために、この人のことがちゃんと知りたい。
 
(だから、もう、逃げたりしないわ)

 知りたいの。
 あなたが見ている"世界"について。

「……短時間でよくもまぁ。成長期、ってのは怖いなぁ」

 見上げてくるアリアの瞳の中から彼女の決意を掬い出したロイはとても満足そうに笑って、彼女の髪を撫でる。

「ついておいで、アリア」

 そういってロイは離れの方に足を向ける。姫、ではなくアリアと名を呼ばれアリアは驚く。

「殿下! 女性をあのような場所に連れて行くなど」

 それを慌てた様子で止める宿の主人を手で制し、

「アリアはそれくらいでびびるタマじゃない。心配は不要だ。それに、俺がいいと言っている」

 ロイはそう言った。なお、不満気に女性なのだからという目で見てくる宿の主人に、微笑みロイは踵を返す。アリアは少し迷って、ロイに名前で呼ばれた意味を考え、宿の主人に軽く一礼するとすぐにロイの背中を追いかけた。
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