人生3度目の悪役姫は物語からの退場を希望する
「ここの温泉は傷を癒す効果があると言われていて、昔から療養施設を併設している」

 アリアはロイの話を聞きながらコクンと頷く。湯治というのは、古くからあるものだと2回目の人生の時に学んだので知っている。この世界にもそれがある事は知らなかったけれど。

「でも、万能ではなくてな。俺の古き戦友たちも何人かここで息を引き取ったし、今も不治の病に侵されている者が多く入っている。そして、俺はその者たちの死ぬまでの記録を見に来ている」

「治療法を見つけるため、ですね」

 わざわざ皇太子であるロイが時間を作って見舞うほど、重要な案件。その病で死者が出る損失はかなりのものなのだろう。

「純粋に、新婚旅行じゃなくてがっかりしたか?」

「いえ、むしろ安心しました。何かあるんだと、思ってましたし」

 キッパリそう言い切るアリアを見て、琥珀色の瞳は大きく見開き、肩を震わせて笑う。

「私、変な事言いました?」

 今までこんな風に笑うロイを見た事がなくて、驚くとともにロイの笑いのツボがわからないとアリアは訝しむ。

「いや。俺の目に狂いはなかったな、と」

 なお訝しげに見上げてくる淡いピンク色の瞳を見ながらロイは思う。
 アリアが甘ったれた世間知らずのお姫様ならば、このまま何も教えず懐柔して帝国の型にはめた形だけの妃にするつもりだった。
 少し助言をしただけでコレだ。
 彼女はきっと強く逞しく成長する。その様はどんな花より綺麗だろう。

(先が、楽しみだ)

 アリアのシャンパンゴールドの髪を子どもにするように撫でてロイは笑う。
 いつか、彼女がこの帝国で性別の括りを超えて活躍する様を見てみたい。ロイが未来を見据えて自らの手で誰かを育てたいと思うのは、アリアが初めてだった。
 そんな事をロイが考えているなんて微塵も思っていないアリアは、突然髪を撫でられて疑問符を浮かべながら、早くなった心音を無視するのに必死で、ロイの微かな変化に気づく事はなかった。

「アリア、先に言っておくが」

「私なら例え殿下が私の目の前で人の首を刎ねたとしても、叫ばないので大丈夫です」

 施設に足を入れる前から漂う血の匂いに、アリアは淡々とロイにそう告げる。多分、ロイにとってここにいる人達は大切な者達なのだろう。
 アリアとてキルリアにいる共に剣をとって戦った仲間が負傷や病に倒れた時、それを見て気味悪がられたらはらわたが煮え繰り返るほど怒りを覚える。
 服を着替え、口元に布を当て手袋をしてから案内されたそこで会った人達は、アリアが思っていた以上に重症だった。
 抜け落ちた歯と出血を繰り返しただろう黒ずんだ皮膚。弱々しく起き上がれない者も多かった。それでもロイの見舞いに表情を和らげ、アリアの事を不思議そうに見た。
 ロイは慣れた様子で一人ずつに声をかけていく。アリアはそんなロイの後ろを静かについて行きながら、療養所の様子と患者について観察を続けた。
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