人生3度目の悪役姫は物語からの退場を希望する

36.悪役姫は、焦がれられる。

 執務室からぼんやり窓の外を眺めているロイに軽くため息をついたルークは、コトッと小さな音を立ててコーヒーが入ったことを告げる。

「……また、見てらしたのですか?」

 ここのところ主人は時折ぼんやりと外を眺める。そして、視線の先にいるのは、今の彼のお気に入り。

「そんなに気になさるなら声をかけるなり、呼び出すなりしてはいかがです? 彼女はあなたの妻で、この国の皇太子妃なのですから」

 ルークの静かな問いかけに、ロイは表情を崩すこともルークの方を向くこともなく、

「いい。今自重も込めて冷却期間中だから」

 とそっけなく言った。

「冷却期間って……ロイ様一体何をされたんですか?」

「人の心っていうのは、どうしてこうもままならないか」

 ロイはルークの問いには答えず苦笑気味にそう言って、

「いいなぁ、クラウドは。アリアと一緒に働けて。俺よりずっと親しく見えるな」

 俺も政務を放り出して剣を取ってアレに混ざりたいな。
 そんな事をぼやくロイに、

「まさか、あの2人の仲を疑っておいでで?」

 とルークは呆れたような口調で尋ねる。

「そんな事あるわけないだろ。アリアはすぐ顔に出るし、クラウドは俺を裏切るくらいなら舌噛み切って死ぬぞ」

 あの2人がそんな関係でないことくらい、誰に言われるでもなくロイ自身分かっている。

「どこまで、近づくことを許してくれるんだろうな。せめて、名前で呼ばれるくらいにはなりたいんだが」

 耳まで真っ赤になりながら膝を抱えて『もう知りません』と拗ねるようにそう言ったアリアの事を思い出し、ロイはクスリと笑う。

「アリアを見ているとな、陛下の話を思い出すんだ」

 ロイは独り言のようにルークに話しかける。

「また、龍の話ですか?」

「憧れないか? ほんの一握りの本物の天才」

 アリアを見ていると、昔何度も父親から聞かされた"龍"という存在の話を思い出す。
 稀に人の中に生まれる、先を見通すことのできる存在。
 ほんの一握りの本物の天才。
 そして、変化をもたらす天災。
 良い方に転ぶのか、悪い方に転ぶのか、それは龍の気まぐれと龍を見つけた者の相性によるのだという。

「どうしてキルリアはアリアを出したんだろうな」

 魔剣が使えて、特殊な魔法を持ち、勘の良さも先を見通す力もある。
 それこそ、国益になるように正しく育てて国に留まらせれば随分と国のためになっただろう。
 だが実際は随分と本人の好きにさせた上、政略結婚という形でアリアを国から出している。

「龍は自らが望まないところに留まれないから、ではないですか?」

 昔からロイに何度も龍について聞かされて来たルークは窓の外に視線をやって、ため息交じりにそう言った。

「だから、あなたもアリア様が出て行かないように好きにさせているのでしょう? 龍には首輪をつけることはできませんから」

 女性が表に立たないこの帝国で、力を持たせ、本人の意思を尊重している。
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