人生3度目の悪役姫は物語からの退場を希望する
「龍に魅入られるのも大概にしてくださいね。そうして育てて、力を持って、あなたの首でも取りに来たらどうします? ロイ様」

 変化が必ずしも良いものとは限らない。ただでさえ今は王弟殿下と権力争いの真っ只中で、城内が騒がしいのだ。
 ルークとしてはアリアがこの国で女性の変革の柱になるよりも、早々に懐妊してロイの地位を固めてくれるほうが何千倍もありがたい。
 そんな事は言われずとも分かっているだろうに、ロイはそれよりも彼女の意思を尊重する。
 結婚前の合理的かつ効率重視のロイからは考えられない変化だ。そのアリアがもたらした変化こそが、悪い事のはじまりではないかとルークは疑いそうになる。

「まぁ、龍に対しての憧れがないとは言わない。俺は天才じゃないからな」

 国取りゲームでアリアの打った新手を思い出し、ロイは焦がれるようにつぶやく。

「でも、今はそうじゃなくて」

 アリアが泣くたびに胸の奥がつっかえたようにざわつくのだ。
 アリアの涙に共鳴して心を抉られるような感覚を覚える。
 泣かないで欲しいと単純に思う。
 彼女の笑顔を見るたびに、ずっとこうなら良いのにと願ってしまう。

「本当の意味で夫婦になれたらなとそう思うんだ」

 なかなか彼女は自分を受け入れてはくれないが、それでもロイ・ハートネットのことを知ろうとおっかなびっくり伸ばしてくる手がただ愛おしい。

「長い人生で、ずっと心を許せない相手が隣にいるのは、お互いしんどいだろ」

 ロイは自分の指先に視線を落とす。自重できずに触れてしまったアリアの温もりを思い出して、クスッと笑う。
 羞恥心から拗ねられるように警戒されたが、嫌悪感を示されたわけではなかった。怒っているその姿すら可愛いと思ってしまう。

「アリアが宣言した未来より、早かったな」

 アリアが離宮に移って最初に彼女を訪ねた日に言われた事を思い出す。

『とても素直で可愛くて、優しさと思いやりに溢れた運命に果敢に立ち向かう勇敢で素敵な方なのです。だからどうか、大切にしてあげてくださいませ』

「また、アリア様の予言……ですか?」

「半分あたりで半分ハズレの、な」

 アリアのいう1年後に現れたわけではないし、まだ愛を育めるような関係ではないけれど。

「とても素直で可愛くて、優しくて、思いやりがあって、運命から逃げない、か」

 自分にとっての最愛の人。
 何より、大事にしたいと思う人。
 だけど、気持ちを伝える事さえまだ難しい人。

「知ってるか? こういう場合、惚れた方が負けらしいぞ」

 だから、諦めてくれと楽しげに笑ったロイを見ながら、

「……あなたって人は」

 ルークは額を押さえてため息を漏らす。
 どうやら主人は自身の立場を盤石にする事よりも、恋に落ちる事を選んだらしいと悟る。アリアの様子から見てきっと、2人の間に子が望めるのはずっと先のことだろう。

「悪いな、期待にそえなくて」

 苦い顔をするルークに、目下の目標は名前で呼ばれるレベルだと先の長い事を宣言したロイは、

「さて、っと。前回怒らせてしまったし、両手いっぱいの星を用意しないとな」

 今日がいいなと空を見上げて、アリアを夜伽に呼ぶことに決めた。
< 84 / 183 >

この作品をシェア

pagetop