人生3度目の悪役姫は物語からの退場を希望する
 アリアが宣戦布告をしてから早3週間。
 あの後何も言わず静かに離宮を去って行って以降、ロイが離宮を訪ねて来ることはもちろんロイから夜伽に呼ばれる事もなく、それどころか城内で彼の姿すら見かけない。
 距離感が結婚した当初に戻っただけなのに、無意識にどこかにロイの痕跡が残っていないかと探している自分に気づき、アリアは自分で自分を叱責する。
 自分が拒んで、自分で選んだ"今"なのだ。それなのに、少し前の関係に戻りたいなんて、虫が良すぎる。
 きっともうこれ以上増えることはないだろう色とりどりの飴を眺めて、

「これで、よかったはず……よ」

 と小さくつぶやいた。
 ロイに近づこうが近づくまいが、あと数ヶ月で運命とやらはやってくる。
 そうなればどうせこうなっていたのだと思うのに、あの日の琥珀色の瞳が脳裏にチラついて、心の奥がきゅっと苦しくなる。
 何度目か分からないため息をついてアリアは溜まっていた仕事に取りかかった。

********

「姫様、殿下と何かありました?」

 と騎士団での業務終了後にクラウドに話しかけられたアリアは、

「何もないわ。それどころか、最近お姿もお見かけしていないし」

 とそっけなく答える。

「そーすか。ちなみに殿下の今の様子気になりません?」

「別に」

 気にならないわけではないが、自分には気にする資格がないと思うアリアはそう言って話を切り上げようとする。

「じゃあ、俺勝手に話しますねー」

 が、そんなアリアに全く構うことなくクラウドは勝手に口を開く。

「これオフレコなんですけど、殿下が拾ってきた出所不明の情報で超でっかい悪の秘密組織を壊滅させまして、現在後処理に追われるんですけど、うちの殿下が口を開けば"アリアに会いたい、アリアに会いたい"ってうるさいんですよ。マジで」

「はい?」

「そんな状態なのに"新しい飴仕入れに行かないとストック切れた〜"とか、"禁断症状出そうだから今すぐアリアの髪撫でに行きたい"とか、言って殿下すぐ脱走図ろうとするんでルークがガチギレして殿下の事拘束しちゃって」

 今拘束プレーの真っ最中なんですよと笑い事のようにクラウドに話されてアリアは反応に困る。

「最近は姫に、"旦那? 何それ美味しいの?"って言われる夢みたらしいんすけど、姫、殿下のこと覚えてます?」

 その時の殿下の顔がマジでヤバめで受けました〜と涙目になりながら主人をいじっているクラウドに、

「…………3週間で顔と存在忘れるほど記憶力悪くはないかな、うん」

 何を聞かされているんだろうか、とアリアは硬直する。

「おおーじゃ、存在一応認識されてたって教えてやろー。昨日悪い事したし」

「悪い事って?」

「いえ、大した事じゃないんですけど。殿下が姫に会いたがってたんで、"まぁ俺、毎日会ってる上に、今日は姫の手製の菓子食べましたけどね!"って自慢しただけっす。ガチで肩外されるかと思った」

 カラカラと声を立てて笑うクラウドを見て、アリアはつられるようにふふっと吹き出す。
 温泉宿での2人のやり取りを思い出し、ロイが"本当に鬱陶しいな"なんて文句を言いながらクラウドに技かけして絡んでいる様がありありと目に浮かぶようだった。
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