人生3度目の悪役姫は物語からの退場を希望する
「ハチミツレモンはお菓子に入るの? 全然手がかかってないのに」

「いい浸かり具合でしたよー! また食べたい。んで、殿下に自慢する」

 肩を外されかけたらしいのにあっけらかんと懲りることなくそう言ったクラウドに、アリアはおかしそうに笑って、また作らないとねと約束する。
 ひとしきり笑ったあと、アリアはポツリと、

「クラウドは本当に殿下と仲がいいのね」

 と静かにそう口にする。
 自分とロイではそんな風になれるわけがないと分かっていながら、少しだけその関係を羨ましく思う。

「そーですねぇ。生まれた時から一緒にいるんで、多分俺の一生は殿下と共にあるんです」

 それはきっと主従を越えた仲だろう。アリアは頼れる侍女のマリーを思い浮かべて、分かる気がすると頷く。

「けどまぁ、俺は殿下みたく頭脳労働派じゃないんで、代わってやれない事も多いし、殿下は文武両道で、できる分だけ人一倍色んなもん抱えてるけど」

 権力者って大変だねぇ、ととても真面目な顔をしてクラウドはロイについて話す。
 そんなクラウドの言葉に、自室にまで大量の仕事を持ち帰っていたロイの姿を思い出し、今一体彼はどれだけ無理をしているんだろうと思いアリアは目を伏せる。

「殿下は……ロイは1回自分の内側に入れた相手はとことん大事にするタイプだからさ。もし、姫様が殿下の存在忘れちゃっても懲りずに離宮まで行っちゃうんだろうけど、今ちょっとしんどそうだから、少しだけ姫様の優しさをくれませんかね。手紙の1枚でもあれば多分、ロイは機嫌良く頑張るから」

 殿下ではなく、ロイと呼び親しい友人として心配するかのようにそう頼んできたクラウドを見て、アリアは笑う。

「……知っています。殿下が、相手を大事にする人であるということは」

 きっとキッパリとクラウドの頼みを断り、そんなの知らないわとロイと距離を置くのが正解だとアリアは思う。
 でも、そうしたくないと思ってしまうほどには、ロイと時間を共にし、彼の事を知り過ぎた。
 あの日のロイの宣戦布告が耳の奥でこだまする。

「私、は……」

 ロイが大変な時に無視をして距離を開ける事が後々の"ロイの幸せのため"なのだとしても、今の自分にはどうやってもそれができそうにない。

「手紙、は書きません。けど、預けたいものがあるから、あとで離宮にきてくれるかしら?」

 アリアはクラウドにそう言って、離宮の方へ急いで戻って行った。
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