君を忘れてしまう前に
クラシック側の校舎の端にある、ちょっとした空きスペースに置かれたベンチに腰を下ろす。
人通りが少ないから、学内で考えごとをしたい時はこの場所に来るのがお決まりだ。
自販機で買ったばかりのペットボトルのお茶を飲み、深い息を吐く。
2人の演奏は素晴らしかった。
途中、ハラハラした瞬間はあったけど、サラのフォローで最後は上手くまとまっていた。
サラの演奏に対する姿勢は、自分にも他人にも厳しい。
特に人前で演奏する場面では、どれだけ難しくても完璧にやってのけるタイプだ。
それなのに、ミスタッチを繰り返していた香音さんには優しかった。
フォローの後2人で微笑み合うくらい、お互いの実力を認めて信頼し合っている。
お似合いだったし、幸せそうだった。
サラはいつも普通に接してくれるから忘れていたけど、わたしとは立場が違うと身に沁みて感じる。
音楽の才能に恵まれた唯一無二の存在、それがサラだ。
香音さんも同じだ。
次の学内コンサートで、あの2人と同じステージに立つなんて信じられない。
どうしてわたしが選抜試験に受かったんだろう。
身の丈に合っていない。
恥をかくだけだ。
サラも香音さんも果てしなく遠い場所にいる。
そして、学内の期待を一身に背負った生徒同士が、磁石のように惹かれ合っているなんて、これ以上になく自然なことで――みじめな気分だ。
着古したトレーナーの隙間から、胸元についたキスマークを覗き見る。
確かにわたしの身体にはサラに触れられた痕が残っているのに、これにはなんの意味も込められていない。
それでもサラと身体を重ねたことで、どこかで奇跡が起こって欲しいと期待している自分がいる。
最初から無理な相手だと分かっていたはずなのに。
「わたし、なにやってんだろ……」
「休憩?」
ポンポン、と頭を撫でられる。
撫でているのが、サラの手のひらだとすぐに分かった。
サラはわたしの座っているベンチを通りすぎると、持っていたペットボトルをテーブルに置き、向かい側のベンチにどしっと腰を下ろした。
「お疲れ」
「お疲れさま……。え、なんでサラがここにいるの?」
「この場所、おれが仁花に教えたの忘れた? 元々おれが1人で使ってたんだから、来んのは当然だろ」