君を忘れてしまう前に
公開練習の後、先生からはまあまあ、という評価をもらった。
いつも、全然ダメと口癖のように言われ続けていたのに、今回はまさかの「まあまあ」。
これまでで一番いい評価だった。
確かになにかを掴んだという実感がある。
嬉しくてすぐにサラの姿を探したけど、どこにもいなかった。
公開練習の後片付けを終え、わたしはJ-POP側の校舎にある古びたサロンのドアを開けた。
室内は所々汚れていたり、クリーム色の壁紙が剥がれたりして年季が入っているけど、壁一面の大きな窓ガラスからは赤い夕陽が差し込み、高い天井のおかげもあって隅々まで明るい。
生徒達がおやつを食べたり本を読んだり、のんびりとした雰囲気が流れるサロンの一角で、楽しそうに会話を弾ませているグループが目に入った。
そこにはサラがいた。
授業が終われば決まって退校時刻まで練習をしているサラが、J-POP側の校舎のサロンにいるのはめずらしい。
理由は分からないけど、とりあえず今日はもう会えないと思っていたからよかった。
引き寄せられるようにして近付くと、テーブルを囲むサラ達が振り向いた。
「仁花じゃん、お疲れ!」
「今日行けなくてごめんね。公開練習どうだった?」
テーブルでサラと話していたのは、みつきと涼だった。
「楽しかったよ!」
みつきの隣が空いていたから、ボロボロの丸イスをテーブルの下から引っ張り出して座る。
向かい側の席で頬杖をつくサラに微笑みかけたけど、みつきと涼に視線を向けたまま、わたしをちらりとも見ようとしない。
「サラ、今日は公開練習に来てくれてありがとう」
「お疲れ」
やっぱりこちらを見ない。
冷淡な声色に一瞬、話しかけないほうがいいかと思ったけど、やっぱりお礼を伝えたくて言葉を続けた。
「あの後ね、先生から今までで一番いい評価をもらえたんだ。サラのおかげだよ。忙しいのに見に来てくれてありがとう。嬉しかった」
「仁花のレッスンの先生、めっちゃえろいな」
「は」
会話とまったく関係のないワードが耳に飛び込んできて、思わず目が点になる。
「サラ、見たんだ。リカコ先生ってめちゃくちゃえろいよな」
「おれだったらレッスンに集中できねぇわ」
「分かる。おれも絶対無理」
サラの楽しそうな笑い声に言葉をなくす。
レッスンの間、サラはリカコ先生のことばかり見ていたらしい。
成績優秀なサラにとってわたしのレッスンは退屈だっただろうけど、教室に入って来てくれた時は凄く嬉しかったのに。
――そっか、そうだよね。わたしのレッスンなんか見にくるはずがないよね。
わたしの小さな声は口内に消えた。