君を忘れてしまう前に
「みつき、いいの。サラの言う通りだから」
「でも」
「ほんとに。わたしも自分で言いながらそんなの想像できないなって思ってたし」
もしかすると、顔が引きつっているかもしれない。
それでも無理やり笑顔を貼りつける。
不自然な表情になっているかもしれないけど、今にも音を立てて崩れそうな心を支えるので精一杯だ。
「わたし、ちょっとトイレ行ってくるね」
「あ、仁花」
みつきの声は聞こえないふりをして、サロンを出る。
急いでドアを閉めて背を向けた瞬間、どっと涙が溢れ出た。
間に合った。皆の前で泣かずにすんだ。
公開練習の間、サラはどんな気持ちでわたしの歌を聴いていたんだろう。
「こいつがまともに恋愛なんかできるわけがない」と思っていたんだろうか。
それとも「恋愛に現を抜かす暇があるなら練習でもしろ」と怒っていたのかもしれない。
今は音楽に集中しないといけない時期だから、こんなことでくよくよしている場合じゃないのは分かっているつもりだ。
それでも、恋愛するのも許されないくらい、わたしには魅力がないのかと卑屈になりたくなる。
なんの取り柄もなくぱっとしない自分を自覚していただけに、サラの言葉は胸に突き刺さった。
「さっきは一生懸命、歌ったんだけどな……」
涙がポロポロと頬を濡らす。
わたしの好きな人はサラだということを、本人に伝えたいとは思わない。
伝えたところで、サラが困るのは目に見えているから。
でも歌を通して、この恋を大切にしていたというわたしの気持ちは伝わって欲しかった。
わたしの演奏が拙いせいだと言われれば、それまでだけど。
わたしは、ずっと大切にしていた恋をたった一晩で失った。
昨日の朝の光景が鮮明によみがえる。
サラは確かにこう言った。
裸のままのわたしを見て、「最悪」と。
あれは女としてなんの魅力も感じない友人と、酔った勢いで朝を迎えて後悔している、という意味だったに違いない。
明らかに、なんでおまえなんだよという口調だった。
「きつ……」
わたしはしばらく、その場から動けなかった。